問題克服の処方箋
「循環型社会形成推進基本法」の問題
―定常開放系のエントロピー論の視座から―


第3章 定常開放系のエントロピー論

 「循環型社会形成推進基本法」の規定する資源循環型社会の欠陥の原因は,平衡系・孤立系のエントロピー論と合致する形で,あるいは自然科学の法則の視座の欠落で人間社会の範疇だけで資源と廃棄物を循環させようとしたことにある。そのため,法律の規定内容とその立法目的とが決定的な矛盾を含むものとなっている。
 この矛盾を訂正する方法は,まず,法律の正確な理論的視座として明確に熱力学の第二法則(エントロピー増大の法則)をすえる。この点の必要性はこれまでにすでに述べているのであらてめて論述しない。ところが第2章で論述したように近代熱力学を用いて廃棄物発生のメカニズムと「循環型社会形成推進基本法」を照らし合わせてみると,そこには人類の持続可能性の道がない,すなわち廃棄物問題の完全な回避が不可能であることが明確にされた。しかし,それでは人間は将来を放棄するしかないことになってしまう。
 そこで重要となるのは次のことである。それは熱力学第二法則を,平衡系・孤立系のものから,定常開放系へ発展させることである。
 すなわち,エントロピー増大の法則を,系を取り囲む外部の環境と物質・エネルギーの出入りのない平衡系・孤立系に成立するものから,その出入りのある定常開放系に成立するものに理論のパラダイムをシフトするのである。
 このパラダイムのシフトについて初めて論じたのが,物理学者の槌田敦であった。彼は著書『熱学外論』の導入で「近代熱力学は,物質系のうち孤立系または平衡系を対象に構築されてきた物理学である。しかし,地球上の多くの物質系は,孤立系でもなければ平衡系でもない。したがって,近代熱力学はこれらに対してまったく有効でない。そこで,生命や人間社会を含め地球上の一切の物質系を取り扱うため,エントロピー原理によって開放系を対象とする熱学を新しく構築する(17)」と述べ,定常開放系のエントロピー論の嚆矢を切り開いたのである。
 現実の地球の有り様は,急激にエントロピー水準が上昇しているようには見受けられない。むしろほとんど変化が無いように見える。ボールディングとジョージェスク=レーゲンの思考の帰結とこの現実の有り様との乖離を解くには,2人の経済学者がより所とした熱力学の法則を再度検証する必要がある。
 彼らは既存の熱力学の法則に忠実に従って,論理を構築していった。では,その熱力学の法則が妥当性を持っていたのか,あるいは本当に正確な論理として成り立っていたのかを考える。
 ボールディングは地球を物質の出入りはないが,エネルギーの出入りのある閉鎖系と認識していた。そのために経済社会の持続可能性を論じることができたが,ジョージェスク=レーゲンの物質のエントロピー増大によるリサイクルの否定の指摘により,その論理は瓦解する。ジョージェスク=レーゲンは,ボールディングの閉鎖系の認識も,地球が部分系であることも理解していたようである。それは「全宇宙の場合を除外すれば,孤立系は(ある程度の寛容さをもって)研究室の中でだけ組み立てることができる。他のすべてのものは,宇宙の中で孤立していない部分系である(18)」,「地球は開放系ではなくて閉じた部分系であり,すなわち環境とエネルギーだけを交換する系である(19)」というところから読み取れる。
 それにもかかわらず,結局ボールディングもジョージェスク=レーゲンもなぜ地球を平衡系・孤立系と確定し,議論をおしすすめたのであろうか。それは彼らの議論の前提となる近代熱力学の法則には「孤立系と平衡系に成立するエントロピーの概念しか存在しない(20)」ためである。そのため,それに忠実に基づいて展開した彼らの議論は,様々な矛盾を含むのもになってしまったのである。むしろ,閉鎖系の認識まで到達したという意味で,彼らの思考は非常に先見性のある優れたものであったといえるだろう。
 実際の地球は近代熱力学が長らく準拠してきたエントロピーの出入りしない平衡系・孤立系ではなく,エントロピーの出入りする開放系(閉鎖系を含む)なのである。
 具体的には,「地球に到達する日光の量を100として,雲などによる反射および大気による吸収を除き,47が地表に吸収され熱となる。この熱といわゆる『温室効果』により地表に供給される熱96を合計して143が地表を暖める。そのうち113は遠赤外線によって熱放射され,地表の平均温度15度を決めている。残りのうち6~7に相当する部分はこの温度で大気を暖める。これは上昇気流となるが,断熱膨張で低温になり,大気上層で宇宙に向けてマイナス23度の低温放熱をする。そしてこの放熱により冷却された大気は重くなるので下降気流となる。大気循環,すなわち地球エンジンの成立である。
 次に,この下降気流は乾いているので,地表の水は蒸発する。この時残りの24~23に相当する熱を吸収する。この水蒸気は大気の流れに乗って上昇するが高度が高くなると大気は冷えるので,露点に達して凝結・凝固し,雨または雪になって地表に逆戻りする。水循環の成立である。この際の放熱は大気循環が受け取り,これも宇宙に捨てている。この水循環は大気循環の補完であるが,量的にはこの方が大きい。
 このようにして地球上に発生する余分な熱エントロピーは,大気と水の循環が宇宙へと処分するので,地球上にはいろいろな活動が可能になる(21)」。
 そのため,「環境は毎年復元し,また同じことを繰り返すことで,維持されてきた(22)」。すなわち,地球上の利用可能な物質・エネルギーの割合が一定に保たれ,そのためエントロピーの割合もほぼ一定水準を維持しているのである。
 このことから,実際の地球は宇宙に内包された定常開放系なのである。そしてもっとも重要なことは,定常開放系を定常開放系たらしめるものがエントロピー水準を一定に保つ「物質循環」の機構であるということである。
 エントロピーは,「物と熱に付属して移動することができるが,これ以外の方法または単独で移動することはない(23)」し,熱は高温から低温へ一方的に流れるので循環が無く,そのため必ず物質で循環は構成される。そのため「物質循環」がエントロピーを廃棄する唯一の機構となるのである。
 地球上で熱エントロピーを処理できる機構は,大気循環と水循環である。また,物エントロピーを処理できる機構は生態系の循環である。大気循環と水循環によるエントロピーの廃棄の仕組みは上述したが,生態系の循環は発生した余分の物エントロピーをいかに処理するのか。「動物が植物を解体し,また微生物が植物と動物の死体を分解して,養分を元の土に戻している。そしてこの土から翌年また光合成により植物が育つようになる(24)」。つまり「日光と水と炭酸ガス,酸素を資源とし,廃熱と廃物を放出して活動する養分の循環(25)」であり,この全過程で熱が発生している。このような微生物と植物と生物のそれぞれの循環の入れ子構造(複合循環)によって,物エントロピーを熱エントロピーに転化しているのである。たとえば堆肥を作るときに,植物の屑に土をかぶせ水をかけると発熱するという現象が端的にそれを示している。
 これらの地球上の自然の「物質循環」の過程では,廃棄物問題は存在していない。すべての廃棄物は循環し,もとどおりの資源となる。「物質循環」によって余分のエントロピーは処分されエントロピーが一定のままなのである。
 もしこれらの自然の「物質循環」機構が正常に作動しなくなれば,たちまちエントロピーは増大し,汚染が進んでしまうのである。その意味から,ここで初めてエントロピーが増大し,汚染が進んでしまう問題を自然の「物質循環」機構の維持・創意の問題と置き換えることができる。
 よってこの問題が解決するように理論的枠組みや経済的な政策を講じていけば,エントロピーという概念及び言葉・表現を扱う必要はなくなるのである。逆にいえば,エントロピーの概念や言葉・表現が必要となってきたのは,「物質循環」機構の運転方法すなわちその維持・創意が現代の経済社会においてうまくなされていないためであるから,それについて理論的・政策的に「物質循環」の問題をとらえていくことが必要なのである。ゆえに,できるだけ正確に「物質循環」機構の仕組みと,これらの循環の間の結合をよく理解して,この問題に対する対策を講じていくことが本来中核にすえるべき事柄ということになる。
 以上までで平衡系・孤立系に成立するエントロピー論を定常開放系に成立するそれへ発展させることができた。しかし,近代熱力学の平衡系・孤立系から定常開放系へのパラダイムの発展の作業だけでは「循環型社会形成推進基本法」の矛盾の訂正はまだ不完全である。定常開放系のエントロピー論を用いて本法の立法目的を実現するには構築された定常開放系の熱物理学に基づいてどのようなことを具体的施策として実践すべきなのかを考察する必要がある。
 まず地球は定常開放系である。そしてそれは自然の「物質循環」により成り立っている。定常開放系ゆえに自然では廃棄物問題は存在しない。「物質循環」が余分のエントロピーをうまく宇宙に廃棄しているからである。この点が法律の矛盾を補正するのに援用できる。法律が目的とする資源・廃棄物問題を解決するには,地球の自然の「物質循環」活動に全面的に依存することが重要なことである。
 より明確にいえば,自然の「物質循環」と人間社会の「物質循環」を結合することである。人間社会の範疇のみでの環境と経済・産業の結合は不可能なのであって,人間社会の「物質循環」も自然の「物質循環」の入れ子構造に組み入れられなければならないのである。
 ここで重要となってくる認識として,人間社会の「物質循環」と自然の「物質循環」とを異なるものとして別々に考えてはいけないことである。この点についてマルクス経済学の立場からエントロピー論を援用し,「狭義の経済学」から「広義の経済学」への発展に寄与した経済学者である玉野井芳郎も「人間社会のシステムは自然のシステムと,それを土台とする生物システムの上に位置づけられる,という程度の認識からもうひとつ前進して,わが人間社会が,水サイクルのなかに位置づけられる生物サイクルとしてのエコシステムの土台の上に位置づけられる(26)」また「いかなる経済・社会システムも,それが人間的生命活動の名に値する組織であるなら,大気系と水系と土壌生態系よりなる一定の地域空間を抜きにして存立しうるものではない(27)」と述べ,人間社会の「物質循環」と自然の「物質循環」をまったく同列にそして同時に認識しなければいけないことを指摘している。
 そこでどのように人間社会と自然の「物質循環」を結合させるのか。それは,人間社会の活動で発生した廃棄物を,自然の「物質循環」に受容が可能な形態ならば,そのままで,そうでないなら科学技術等を駆使して変換し,自然の「物質循環」のサイクルに返却する。そうすれば,廃棄物は自然の「物質循環」の中を流れていくうちに,人間社会にとって有用な資源になり再び戻ってくる。この作業をすべての廃棄物に適用する。「人糞を含む生物系のごみは,そのまま山林や池にまいて他の野生動物のえさにして生態循環に返す。えさにならないごみは,完全焼却して大気循環に返し,その焼却灰はガラス固化または焼結して大地に返す。自然の固形物から得て,固形物にして自然に返すのも循環のひとつである(28)」。また科学技術でも自然の受容可能形態にするのが無理な放射能や有機塩素などの毒物は,利用を禁止・制限し,廃棄を全面禁止する。つまり資源と廃棄物により「物質循環」同士を結合させるのである。これにより資源・廃棄物問題は解決できると予想される。
 これは,リサイクルの不完全性を補う方法論であって,決して廃棄物の再使用,再生利用の完全否定ではない。そのようなリサイクル活動は定常開放系のエントロピー論を基礎として人間社会の「物質循環」の特殊性である市場経済の原理に準じた条件のもとに行われなければならない。
 その条件はボールディングとジョージェスク=レーゲンの指摘でも明らかであるが,リサイクルするのに必要とした資源の価値と再生された資源の価値を比較し経済的観点から判断しなければならないということである。そして「物質循環」の結合という視点から最終的に廃棄物となるものが自然の「物質循環」への返却が可能な形態であることである。
 定常開放系のエントロピー論を「循環型社会形成推進基本法」の理論的枠組みとして考えた場合に初めて,その立法目的の実現が可能となるのである。これにより本法の矛盾,すなわち法律の規定内容と立法目的の乖離は理論的には解決された。だが,まだ具体的に本法の規定内容をどう訂正し,新たに何を規定していけばいいのかを論じる必要がある。そうすることにより初めて本法の内包する欠陥の実践的な解決が可能となるのである。



問題克服の処方箋 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Mar.16.2009
最終更新日:Mar.16.2009