問題克服の処方箋
「循環型社会形成推進基本法」の問題
―定常開放系のエントロピー論の視座から―

第1章 「循環型社会形成推進基本法」の問題点

 第1節 「循環型社会形成推進基本法」の目指す循環型社会
 第2節 「循環型社会形成推進基本法」の内包する欠陥


第1節 「循環型社会形成推進基本法」の目指す循環型社会

 本法1)の規定する「循環型社会」とは,「製品等が廃棄物等となることが抑制され,並びに製品等が循環資源となった場合においてはこれについて適性に循環的な利用が行われることが促進され,及び循環的な利用が行われない循環資源については適正な処分が確保され,もって天然資源の消費を抑制し,環境への負荷ができる限り低減される社会(循環型社会形成推進基本法第2条1項)」である。
 ここで定義されている「循環型社会」は,「廃棄物等」を減らすことを主眼としている。ここでいう「廃棄物等」とは,「廃棄物」と「一度使用され,若しくは利用されずに収集され,若しくは廃棄された物品又は製品の製造,加工,修理若しくは販売,エネルギーの供給,土木建築に関する工事,農畜産物の生産その他の人の活動に伴い副次的に得られた物品(同法第2条2項)」である。その「廃棄物等」を人間社会のなかで循環させることにより,廃棄物の発生を抑え,廃棄物処分場の枯渇問題を回避しようというのである。その意味で本法の規定する「循環型社会」は「資源循環型社会」といえよう。
 その具体的な方法として,まず第一に廃棄物等の発生そのものを抑えること。それと同時に廃棄物等として出されたものの中で,有用なものを「循環資源」とし,それを再使用,再生使用及び熱回収(本法ではこれら3つを「循環的な利用」と定義している)していくのである。
 「循環的な利用」とされる「再使用」「再生使用」「熱回収」とは具体的にどのようなことを指すのであろうか。「再使用」とは,「循環資源を製品としてそのまま使用すること,又は循環資源の全部又は一部を部品その他製品の一部として利用すること」である。「再生利用」とは,「循環資源の全部又は一部を原材料として利用すること」であり,「熱回収」とは,「循環資源の全部又は一部であって,燃焼の用に供することができるもの又はその可能性のあるものを熱を得ることに利用すること」をいう(2)。
 すなわち本法はできうる限りのリサイクルの手法を明確に示し,なおかつそれを実行に移すことにより,資源循環型社会を構築しようとしている。

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第2節 「循環型社会形成推進基本法」の内包する欠陥

 現在の社会経済システムは,大量生産・大量消費の形態をとって現れている。生産工程では,生産される完成品とともに,その加工工程から排出される廃物が必ず発生してくる。そして消費段階では,製品の品質保持や装飾のための包装などや使い古され,使用価値がなくなった様々な物質が廃棄物として排出される。
 その後,廃棄された廃棄物は,リサイクルによってごみから資源として取り扱われることになるだろう。ところが序論で述べたようにリサイクルは万能でなく限界があって,すべての廃棄物を資源に戻すことができない。
 また,ごみの資源回収をリサイクルする前段階として,リサイクル製品の資源のストックだと考えればよいということになるかもしれない。しかし,経済学では資源を需要と供給の関係で定義しており,需要を越えない範囲で供給されるものを資源としている。そのため需要を越えて供給されたものは,資源ではなく水や空気のような自由財(free goods)という扱いになる(3)。つまりそれは価値のないものであって,資源ではない。だとすると,それは依然としてごみであって廃棄物といえるだろう。したがって,廃棄物の発生量は年々増大していく傾向にあるといえる。それに対して,廃棄物を処分する場所の確保は地域住民などの反対により困難になり,近い将来に処分場が満杯になってしまうことが明白となってきた。この差し迫る問題から循環型社会の構築という思想が生まれてきた。
 上述の問題の対策として,廃棄物の発生のできうる限りの抑制により,廃棄物処分場の枯渇問題を先延ばしすることができると考えた。そのために廃棄物を資源に戻すことにした。循環型社会は廃棄物になったあらゆるすべてのものを資源に戻し,経済社会の内部だけで循環させようとする論理に傾倒し,それをさも現実的妥当性をもちうるものだと主張し,当面の廃棄物問題を回避しようとする「資源循環型社会」である。
 問題の焦点は,現在の社会経済システムの形態で発生する廃棄物量は,現行の廃棄物に対する処分の方法では全量を処理することが不可能になるということである。したがって,この問題を考察するには大きく2つの視点が考えられる。第1に,廃棄物の発生量を減少させる。第2に廃棄物の処理能力を増大させることである。
 第1の視点にそって考えると,現在の社会経済システムの転換を図るという方法がある。従来,社会経済システムの流れは,生産→流通→消費→廃棄という一方向の動脈システムを中心として形成されてきた。そこでは廃棄→生産へとつなげて循環の輪を閉じる静脈システムの流れが希薄であった。このことが環境負荷の増大,最終処分場の逼迫,貴重な資源の利用機会の逸失をもたらしてきた。リサイクルの推進等により循環型の社会経済システムを構築し,廃棄と生産を連結させることにより,動脈システムの流れと静脈システムの流れが一体化されることが求められている(4)。つまり廃棄物の発生の根源を断つことにより,処分場枯渇問題を回避するのである。その手段として,発生抑制,再使用,リサイクルを用いることを考えたのである。
 リサイクルの利点は生産―流通―消費の過程で発生した不要物を,再度資源として活用することによって,社会経済システムの中で物質を再循環させることができるところにある(5)。このリサイクルなる方法で生産―流通―消費―廃棄―再生産という循環を形成することが可能ということになる。では本当にそのようなことが可能であるのだろうか。リサイクルとはどんな廃棄物も資源にする魔法のような手段なのだろうか。決してそのようなものでないことは,熱力学の周知の命題である永久機関の禁止からも判断することができる。
 そこで,社会経済システムの特徴を,もう一度検証してみたい。本法では大量生産・大量廃棄だけを取り上げて,それだけが主要なものであるかのようにされているが,アダム・スミスにより創始された市場経済の原理も重要な社会経済システムの特徴のひとつである。そこで市場経済の原理というファクターを用いてリサイクルを考えてみる。実際にリサイクルを仕事としている回収業者は,回収を生業として生計を立てている人々のことで,生計が成り立つのは収入が安定しているためである。確実に儲かるためである。儲かるのは市場原理に従えば,需要が供給を上回っている状態に限る。それは儲かるか,儲からないかで人間はリサイクルをするか否かを決定しているということである。つまり対象とするものの需給バランスこそがリサイクルが廃棄物を資源に変える客観的指標なのである。
 以上から,リサイクルは必ずしも廃棄物を資源に転換する手段ではない。扱う廃棄物の需給バランスが満たされて初めてそれが可能となるのである。
 仮に循環型社会を構築し,発生抑制,再使用,リサイクルが滞りなく行われている状態になったとしよう。その社会では,廃棄物の発生はゼロということになる。しかし,そのような社会が現実に存在できるかどうか,エントロピー増大則により不可能であることは容易に推測できるだろう。いくら循環型社会がうまく成立したとしても,すべての廃棄物の発生を無くすことは不可能なのである。
 そのことを「循環型社会形成推進基本法」自身が認めている。第1章総則,第2条において「天然資源の消費を抑制し,環境への負荷ができる限り低減される社会」を循環型社会としている。「抑制」とは「おさえとどめること(広辞苑第5版)」であって,完全なる阻止ではない。すなわち,天然資源の消費は止められないので,その速度をゆるめることを目指している。同様に環境への負荷も「できる限り」であるから,できないのならばそれでもかまわないことを含意している。つまり「循環型社会形成推進基本法」は,当面の環境問題とくに廃棄物処分場枯渇問題に対応する法律であって,将来的・長期的な環境問題の対応について創案の段階では議論の対象に上げられた可能性があるかもしれないが,条文の規定内容から判断する限りにおいては,まったく考慮にいれていないと誤認される可能性を含む法律ということになる。そのため,このような判然としないあいまいな法律のもとで廃棄物問題を解決することは不可能である。より正確な規定内容の理解をおこなえば,それが単に廃棄物の発生量の減少によって問題を先延ばしにする法律であって根本的な解決につながらないと判断できる。
 次に処理能力の増大という第2の視点から考察してみる。廃棄物を処分場に埋め立てるという処理方法は,限られた処分場の敷地に,順次廃棄物を埋め立てていくというものである。そのため,たとえ科学技術の向上や廃棄物の発生抑制により,その処理能力を一時的に増大させることはできても,ひとつの処分場に埋め立てることができる廃棄物の全量は決まっているので,最終的に当初の目標である廃棄物処分場の枯渇問題の解決は不可能である。つまり,これでは処理能力の増大は問題の解決に何の影響も及ぼさないのである。そのためまったく異なった廃棄物処理方法を採用しなければ,処理能力の増大の意味は生まれてこない。だが「循環型社会形成推進基本法」では,廃棄物処分場の枯渇問題の解決がその立法の根本的な起因であるから,廃棄物処理方法を処分場への埋め立て以外想定していない。その意味で,この第2の視点は初めからまったく問題解決の議論の対象になっていない。
 仮に,この第2の視点から代替の処理方法を採用するとすれば,いくつかの条件を満たす必要がある。まず既存の処理方法よりもコスト面で経済的に優れていること。次に既存の処理方法よりも処理能力の増大が明らかに見込まれること。そして確実に廃棄物問題を解決できることである。はたして,このような代替処理方法があるのだろうか。廃棄物の発生のメカニズムを理論的に分析する視座が明確にされていない現段階では推測ができない。したがって,それを明確にした後,結論で再度この点について詳細に考察してみたい。
 さて「循環型社会形成推進基本法」は社会経済システムの転換を基軸として草案された法律である。言い換えれば,人間社会の範疇のみで環境と経済・産業との結合は可能であるとの前提にたって,廃棄物処理やリサイクルの取り組みを規定した法律である。しかし,実際は廃棄物問題の回避を目的としていながら,この法律自体が完全な資源の枯渇と廃棄物問題を解決することができないことを規定するという矛盾を内包している。それは結局,社会経済システムの転換を人間社会の範疇に限定した環境と経済・産業の結合でおこなうのは不可能ということを示唆しているのである。

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1) 循環型社会形成推進基本法 (平成十二年六月二日法律第百十号)

 第一章 総則(第一条―第十四条)
 第二章 循環型社会形成推進基本計画(第十五条・第十六条)
 第三章 循環型社会の形成に関する基本的施策
  第一節 国の施策(第十七条―第三十一条)
  第二節 地方公共団体の施策(第三十二条)
 附則



問題克服の処方箋 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Mar.16.2009
最終更新日:Mar.16.2009