問題克服の処方箋
§付録:持続可能性の条件

§2 物質循環と持続可能性について

2-1 活動を維持する条件
2-2 地球は熱エントロピー(熱汚染)を宇宙に捨てる星
2-3 大気汚染は環境破壊の一例
2-4 地球は物エントロピーを熱エントロピーに変換して,捨てる星
2-5 環境破壊とは自然の循環を破壊すること

2-1 活動を維持する条件

 リサイクル運動や行政は,『ごみゼロ社会』を目指した。そもそも,これが物理学を無視していて,間違っている(9)。
 熱物理学によれば,どのような活動でも必ずエントロピー(汚染)を発生する。このエントロピーをそのままにしておくと,エントロピーが溜まって活動を続けることができなくなる。活動を続けるには,廃物と廃熱を捨てるという方法で,このエントロピーを処分しなければならない。
 したがって,人間社会が活動を続ける限り,『ごみゼロ社会』にすることは不可能である。不可能なことを目的にすれば,失敗するのは当然である。

第1図  活動を維持する条件


 このことをもう少し詳しく説明すると,どのような活動でも,これを維持するには第1図に示すように3つの条件が必要である。それは,①入力,②出力,③作動物質の循環である。(10)
 ここで物質循環とは,物質の力学的運動や物理・化学的変化のつながりである。たとえば,ガソリンエンジンの場合,燃料と空気を取り入れて圧縮する。次に点火して燃焼させ,膨張させて仕事をさせる。そして,排気して,新しい空気と燃料を取り入れて,また同じことをする。
 取り入れる空気と燃料はエントロピーの小さい入力であり,排気はエントロピーの大きい出力である。これにより,エンジンはエントロピー増大を免れることができて,活動を続けることができる。
 また, この物質循環によリエンジンの状態を復元することは重要であって,エンジンは,この「復元によりまた同じことをする」という方法で活動を統けることができる。工学者はこれをエンジンのサイクリック運転と言っている。
 このエンジンの物質循環は,力を加えれば物が動くなどの力学の法則と温度を上げれば反応するなどの化学の法則の組み合わせでなされている。
 これまで,活動はエントロピーの法則によっておこなわれるかのような誤解があったが,エントロピーはその増大則が否定されないかぎり,その他のことは何も主張しない。実際の運動や変化は,エントロピー増大則で実行されるのではなく,力学法則と化学法則によってなされている。
 活動が,この力学法則と化学法則による物質循環によって維持されることは,エンジンの研究から得られた結論である。もしもエンジンの活動を維持できなければ飛行機は墜落することになるので,この活動維持の条件を見いだすことはエンジン研究の最大の課題であった。
 生命も活動を維持するエンジンである。動物の場合,①入力として空気,水,食料,②出力として,運動, 排気,廃熱,排尿,排泄,③物質循環として血液やリンパ液などの循環や細胞の中の各種の化学サイクルがある。このいずれが止まっても回復しなければ死ぬしかない。生命も,普通のエンジンと同じく力学法則と化学法則による物質循環で活動を維持しているのである。

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2-2 地球は熱エントロピー(熱汚染)を宇宙に捨てる星

第2図  地球エンジンの条件


 地球環境も同じくエンジンである。地球上にいろいろな活動が数十億年も維持されたのは,第2図に示すように,地球の活動が①入力②出力③物質循環,というエンジンの3条件を満たしていたからである(10)。
①入力としては,気温15度の地表への太陽光の入射である。
②出力としては,マイナス23度の対流圏上空でのH2OとCO2による遠赤外線の宇宙への放射である。この放熱で地球に発生した余分の熱エントロピーを全部宇宙へ処分し,地球のエントロピー増大を防いでいる。
③物質循環としては,地表での加熱と対流圏上空での放熱で回る大気の循環がもっとも重要である。これは地球に存在する空冷の機構であるが,これにより風が吹くという活動が生ずることになる。
 これに水の循環が補完している。上空から降りてきた大気は乾いているから,地表の水は蒸発する。この時,地表の熱を奪う。水冷である。
 発生した水蒸気は大気の流れに乗って上昇するが,気圧が下がることにより断熱膨張で気温が下がって,結露し雲となる。この雲が発達して,雨や雪が降るという水の循環が,2番目に重要な地球の物質循環である。水蒸気が上空で結露する時その熱を大気に渡す。この熱も大気循環が宇宙に捨てている。

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2-3 大気汚染は環境破壊の一例

 環境破壊のひとつは,地球に存在するこの空冷と水冷の機構を壊すことである。これが壊れると地球上で発生した熱エントロピーを宇宙に処分できない。そうなれば熱的に一様になって,地球上の活動は止まってしまう。
 大気は地表で暖められて軽くなり,上空で冷却されて重くなり,力学的に不安定になるから,循環できる。対流圏大気を汚すと上空が日光で暖められるので,大気は熱的に一様になって循環しなくなる。その結果は,地球上で発生した熱エントロピー(熱汚染)を宇宙に捨てることができなくなり,熱エントロピーは地球に溜まり,状態を復元してまた同じことをすることができなくなり,地球上の活動は止まることになる。
 このように,大気汚染は熱汚染の原因である。気温の上がり下がりよりも,熱エントロピーの除去ができなくなることが問題なのである。これはヒートアイランドと呼ばれる都市気象ですでに分かっていることだが,最近ではインドネシアやブラジルでの焼畑による熱帯林の大火災の煙で広域にわたって熱帯の大気の状態を変えてしまった。これが最近の異常気象の一因ではないかと考えられる。
 また,北極圏の大気は北半球の工場の煙と自動車や北極圏を飛び交う航空機の排気によって汚されている。その結果,北極圏の大気循環は滞ることになり,北極圏の気温を上げることになっている。
 空冷を妨げることに加えて水冷を妨げることも環境破壊である。それは大規模な乾式農業と放牧と都市・道路でなされている。これにより世界各地で大気への水蒸気の供給が抑えられ,雨の量が減り,地表で発生する余分の熱エントロピーを宇宙に捨てる機能が阻害されている。

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2-4 地球は物エントロビーを熱エントロピーに変換して,捨てる星

 エントロピー(汚染)には2種類ある。熱エントロピーと物エントロピーである。地球は,熱放射によって熱エントロピーを宇宙に捨てている。しかし,地球は重力を持っているので,物エントロピーの大きい廃物を宇宙に捨てることができない。
 したがって,もしも,地球に大気と水の循環だけしかなかったならば,地表には廃物があふれ,資源は枯渇して,すべての生命は終了することになる。
 しかし,地球には,生命の集まりとしての生態系が存在する。この中を養分が循環している。養分というのは肥料分のことだが,これが陸地では土→植物→動物→微生物→土と循環する活動をしている。
 この循環では,土から始まって土に戻るのだから,物エントロピーは元に戻り,増えていない。これではエントロピー増大の法則に反しているのではないかとの疑問が生ずる。この問題では,この生態系の循環によって余分の物エントロピーは熱エントロピーに変換されているのである。このことは,堆肥を作る時発熱していることからも分かる。
 大気と水の循環は,この熱エントロピーも宇宙に捨てている。このように地球は物エントロピーを熱エントロピーに変えて宇宙に捨てるので,地球には,熱汚染と同様に物汚染も溜まることがなく,これまでいろいろな活動が存在できたのである(10)。
 ところで,養分は水に溶けるから植物が吸収できる。しかし,植物は水に溶けた養分をすべて利用できるとは限らない。余った養分は下方へ流れていく。養分は,山から平野へ流れて平野の生態系を作る。そして海面に流れて海洋生態系を作り,結局は海洋動物の糞となって深海へ沈んでいく。深海は生命の墓場なのである。その結果,陸地も海面も養分不足となり,地球上の生態系は消滅することになる。
 しかし,地球には大気循環を原因とする深海水の湧昇がある。風が吹くと海流が生ずるが,これにより深海水が涌き上がる。また,極洋の冬,海洋表面の海水はマイナス2~0度に冷されて重くなって沈み,代わりに0~3度の軽い深海水が湧き上がってくる。この湧昇によって深海の養分は海面に戻ってくる。
 この深海から供給された豊富な養分は世界の海に流れ,そこで海洋生態系が復活し,漁場ができる。これを海鳥などの動物が引き上げ,陸地に糞をして,陸地に養分を補給することになる。これが別の動物により山の上まで運びあげられて,山に緑が復活する。この地球規模の養分の大循環のおかげで,人間社会も存在できることになる。

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2-5 環境破壊とは自然の循環を破壊すること

 大気の循環と水の循環を劣化・破壊することは環境破壊であると述べたが,この生態系の循環と養分の大循環を劣化・破壊することも環境破壊である。これらの循環を破壊すると,物エントロピーを熱エントロピーに変える機能を損なうので,地球上に物エントロピーが蓄積することになるからである。その結果,地球上の諸活動は滞ることになってしまう。
 生態系を壊し砂漠化することは,地表を乾燥させて水冷の機能を壊すだけでなく,物汚染を処理する機能をも破壊してしまう。生態系を壊すことは大気汚染とともに重要な環境破壊である。
 そこで, これらの大気の循環,水の循環,生態系の循環,養分の大循環をまとめて自然の循環ということにし,環境破壊を次のように定義する。
「環境破壊とは,自然の循環を破壊することである」
 自然の循環が劣化し壊れると,地球上に発生する余分のエントロピーを宇宙に廃棄できなくなり,物や熱の汚染が地表や大気に溜まってしまうことになる。そして,自然は廃棄物から新しい資源を生産してくれなくなるので,資源の枯渇に直結することになる。
 現在,多くの人々はあらゆる自然の変化に恐怖を抱いている。しかし,自然環境を大幅に変えた場合でも,自然の循環を損なわなければ,その自然の変化に恐怖を抱く必要はない。 むしろ,人間が積極的に自然を変更して,自然の循環を豊かにすることは悪いことではない。たとえば,人間が草原に水を引いて水田にしても,適切に水管理すれば,自然の循環を草原の場合よりも豊かにすることができる。これは,生態学でいう遷移(succession)であって,この変化は環境破壊ではない(9)。したがって,この条件に反しない限り,持続可能な開発はあり得る。

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問題克服の処方箋 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Mar.6.2009
最終更新日:Mar.12.2009