石油代替エネルギー供給技術の有効性

2-6 ヒートポンプ

2-6-1 ヒートポンプの理論 ~企業の宣伝HPから~

 まずはじめに、企業の説明を見ておくことにします。ここでは、社団法人日本冷凍空調工業会のHPの説明の一部を紹介しておきます。
http://www.jraia.or.jp/product/heatpump/saving_01.html



2-6-2 熱エネルギーと力学的エネルギー

 御存知のように、初等物理学で習う(今はどうなのでしょうか・・・?)4.2J≒1calという関係が知られています。この関係を用いると熱エネルギーと力学的エネルギーは同じ単位で表すことが出来ます。
 しかし熱エネルギーと力学的エネルギーは質的に大きく異なっています。熱エネルギーはS=Q/T(ここに、Qは熱量で単位はJあるいはcal、Tはその温度で単位は絶対温度K、Sはこの熱量の有するエントロピー)というエントロピーを持つエネルギーです。しかし力学的エネルギーはエントロピーを持たないエネルギーです。
 その結果、力学的エネルギーは熱エネルギーに100%変換することが可能ですが、熱エネルギーを力学的エネルギーに変換する場合にはエントロピーを除去するために必ず『廃熱』という形で環境に熱を捨てなければならないため100%を力学的エネルギーに変換することは出来ないのです。詳細につきましては後述するとして、ここでは熱エネルギーと力学的エネルギーは質的に異なるという点を理解しておいてください。
 エントロピーについて少し触れておくと、エントロピーの大きなエネルギーほど利用価値の少ないエネルギーと理解すればよいでしょう。100℃(= 373K)、100calの熱と、0℃(=273K)、100calの熱のエントロピーを比較すると、前者のエントロピーは100/373= 0.268cal/K、後者は100/273=0.366cal/Kです。つまり100℃の熱=高温の熱ほど有用なエネルギーということが出来ます。
 地球の表面環境では大気温度は平均的に15℃(288K)程度であり、地球大気全体に含まれている熱エネルギーは膨大な量になります。しかし、この大気に含まれる熱エネルギーは温度が低く拡散したエネルギー(=エントロピーの大きい熱エネルギー)なので、利用価値は余りありません。また、熱エネルギーは温度差がなければ力学的なエネルギーとして取り出すことが出来ません。そのため、残念ながら大気に含まれる熱エネルギーを利用することはそれほど簡単なことではないのです。
 ヒートポンプとは、大気の持つ常温熱エネルギーを利用するために力学的な力を加えて温度の勾配を作り出す装置です。

 ヒートポンプの説明の中に示されているCOP(Coefficint Of Performance)という数値に惑わされている方が多い様です。COP>1.0であることを『エネルギーの拡大再生産』=永久機関が可能と勘違いする人も多いようです。
 また、説明では『COP=3.7』としていますが、これでは説明不足です。この値は大気温度と供給熱の温度によって大きく変動する数値なのです。
 確かに、電気によって熱を供給する場合、通常の電熱器ではCOP<1.0、ヒートポンプは理論上COP>1.0なので、ヒートポンプのほうがすぐれているように見えます。しかし、供給熱の温度が高温になるほどヒートポンプのCOPは小さくなり1.0に近づきます。おそらくある温度を越えれば、装置の複雑さまで考えた総合的なエネルギー利用効率では電熱器のほうが有利になるはずです。それ故、調理用のIHヒーターにヒートポンプ利用の調理器具が取って代わることはないのです。
 どのような技術にも適用限界があるものです。ヒートポンプは電気冷蔵庫、エアコンにおいては有効ですが、特段画期的な技術ではなく、あまり大きな期待をすべきではありません。

2-6-3 電動機ヒートポンプ

 さて、熱エネルギーの特性が分かったところで話を元に戻します。まず社団法人日本冷凍空調工業会の説明で問題となるところは、ヒートポンプへの入力するエネルギーとして力学的エネルギーから話を始めているところです。これでは現実のエネルギー的な評価は出来ません。工業的な技術を成立させている本質的なエネルギーとは石油あるいは石炭の燃焼熱のエネルギーです。まずここまで遡って議論を始めることにします。
 社団法人日本冷凍空調工業会の説明にあるヒートポンプは、電動機から得られる力学的な仕事を利用しています。電動機を動かす電気は火力発電所で作られています。電気を作るまでの素過程の概略を示すと以下の通りです。

燃焼熱↑→熱機関↑→力学的エネルギー↑→発電機↑→電気
※『↑』は環境への熱エネルギーの散逸を示す。『→』は有効なエネルギーの流れを示す。

 次に、ヒートポンプで大気から高温熱を取り出すヒートポンプの素過程の概略を次に示します。

電気↑→電動機↑→力学的エネルギー↑→ヒートポンプ↑→熱

 この二つの過程を直結することによってヒートポンプの本質的な効率を論じることが可能になります。

2-6-4 温度条件によるCOPの変化 ~ヒートポンプの適用限界~

 さて、ヒートポンプについて熱学的に考えてみることにします。熱学の基本的な条件は、エネルギー保存則とエントロピー増大則です。ヒートポンプについてこの二つの条件を表すと次式になります(槌田『熱学外論』p.111)。
q2 + w = q1
q2/T2 + gs = q1/T1
ここに、
q2,T2 :低温側の熱量及びその温度
q1,T1 :高温側の熱量及びその温度
gs  :ヒートポンプのエントロピー発生量
w   :ヒートポンプに加える仕事

 高温熱を取り出す場合は、上の2式からq2を消去して、

q1 = {T1/(T1-T2)}(w-T2*gs)

となります。ヒートポンプから得られる高温熱エネルギーq1は、ヒートポンプにおけるエントロピー発生をゼロとすると、
q1 = {T1/(T1-T2)}w

となります。社団法人日本冷凍空調工業会のHPの給湯器の定格運転の条件、外気温度(=低温側温度)T2=16℃=289K、給湯温度(=高温側温度)T1=65℃=338Kだとすると、

q1 = {338/(338-289)}w = 6.9w

つまり、ヒートポンプに投入した仕事の6.9倍の熱量が得られることになります。これは、ヒートポンプの理想的な効率であり、COP=6.9に相当します。実際のヒートポンプは、HPのデータではCOP=q1/w=3.7となっていますので、ヒートポンプにおける発生エントロピーは小さくないようです。
 発生エントロピーは装置の特性と外気温と供給熱の温度によって変化することになりますが、ここでは、実際のCOPと理想的な場合のCOPの比率を便宜的に発熱効率η=3.7/6.9=0.54に固定して推定することにします。ηを用いると、実際の発熱量は次の式で与えられます。

q1 = {T1/(T1-T2)}(w-T2*gs) ≒ 0.54{T1/(T1-T2)}w
∴COP = q1/w = 0.54{T1/(T1-T2)}

 外気温度T2をT2=16℃=289Kに固定すると、

COP = 0.54{T1/(T1-289)}

になります。

 ヒートポンプを利用したほうが、燃料の燃焼熱を直接利用するよりも有効である範囲を求めることにします。社団法人日本冷凍空調工業会のHPによりますと、現在の発電の効率は37%ですから、COP=1/0.37=2.7以下であれば燃焼熱を直接用いた方が省エネルギーになるということになります。この温度を求めるとT1=361K=88.3℃になります。
 沸騰水を得るためにはヒートポンプを用いるより、燃料の燃焼熱を用いるほうがすぐれているのです。つまり、調理用の器具程度の温度を得ようとすれば、最早ヒートポンプを使用する意味はないのです。勿論、省エネルギーという観点からは、ヒートポンプよりも更に効率の低い電熱器を用いる調理器を使う意味は全くありません。

 省エネルギーという観点から電熱器を用いる合理性は全く存在しないのですが、とりあえずここでは熱を得るために電気を使用するという条件下で、ヒートポンプと電熱器による効率の分岐点を推定しておくことにします。

 COPが1.0になる温度T1を求めると、T1=628K =355℃になります。通常の電熱器ではCOP<1.0ですが、ここではこれを便宜的にCOP≒1.0だとすると、355℃程度がヒートポンプの使用限界と考えてよいでしょう。実際には通常の電熱器に比べてヒートポンプは装置の機構が複雑になりますから、装置製造に関わるエネルギー投入を含めた総合的な判断としてはそれほど妥当性を欠くものとは考えられません。この特性から、ヒートポンプを調理用の電熱器の代替とする可能性もありません。

 以上検討してきたように、ヒートポンプを高温熱を供給する装置とした場合に有効な範囲とは極めて限られていることが分かります。ヒートポンプが有効なのは冷却装置と低温熱の供給、具体的には暖房、給湯(?)程度に限られるのです。給湯に関しては熱湯(沸騰水、100℃)の供給や寒冷地の使用などの条件下では、最早ヒートポンプを利用すべき妥当性は失われますので『?』です。結局、ヒートポンプが確実に有効である電気器具とは、冷蔵庫とエアコン程度しか存在しないのです。それ故この二つの電気製品は早くからヒートポンプを使って製品化されていたのです。
 蛇足ですが、給湯器に関しましては、従来の電熱器を用いた電気温水器に比べれば省エネルギーですが、石油やプロパンガス、天然ガスの燃焼熱を直接用いる瞬間湯沸かし器に比べれば明らかに、あるいは普遍的にすぐれているとはいえないのです。

2-6-5 ヒートポンプの効率改善

 ここでは、ヒートポンプの効率を改善することを考えます。これまで考えてきたヒートポンプは、圧縮機に対する入力としての仕事を電動機で得ることを前提として考えてきました。その過程をもう一度確認しておきます。

燃焼熱↑→熱機関↑→力学的エネルギー↑→発電機↑→電気↑→
電動機↑→力学的エネルギー↑→ヒートポンプ↑→熱

 この図を見て分かるように、電動機ヒートポンプでは、燃料の燃焼熱を熱機関を用いて力学的エネルギーに変換し、発電機を回して一旦電気に変換した後に、また力学的なエネルギーに戻すという無駄なプロセス(水色の着色部分)が含まれています。この各段階で有効なエネルギーの一部が廃熱として捨て去られています。
 そこで、この無駄なプロセスを省くとヒートポンプの効率はかなり改善することが出来ます。改善されたヒートポンプの素過程の概略は次の通りです。

燃焼熱↑→熱機関↑→力学的エネルギー↑→ヒートポンプ↑→熱

 しかし、家庭で使用するためには熱機関は小型化が難しいので現実的ではないかもしれません。そこで熱機関の代わりに熱化学機関、例えばガソリン・エンジンやディーゼル・エンジンで置き換えてやるのが現実的です。

熱化学機関↑→力学的エネルギー↑→ヒートポンプ↑→熱

 発動機(ここでは熱化学機関)からの廃熱は、力学的なエネルギーを得るには低温すぎるのですが、水を加熱する給湯器の熱源として用いるには十分な温度を持っています。発動機ヒートポンプでは、発動機の冷却を水冷にしてやれば、これを給湯器の熱源として回収出来るという利点があり、システムに投入された燃料に対する熱効率は飛躍的に改善されることになります。

 迂回度を減らすことによってシステムの効率は改善されるのです。したがって、電気を使わなくてすむことは電気を使わずに行うほうが圧倒的に効率が良くなるのです。つまり逆に考えれば電力化は一般的にエネルギー利用効率を落とすのです。

2-6-6 熱エネルギーの『質』を考える

 熱エネルギーはエントロピーを持つエネルギーであり、エントロピーの大きな熱=低温の熱ほど利用価値が小さいことを既に述べました。ここでは熱を力学的なエネルギーに変換する熱機関の効率について考えてみることにします。
 熱機関、ここでは水蒸気タービンの熱効率を考えます。水蒸気タービンとは、作動物質として水を利用する熱機関です。通常の火力発電で用いられる水蒸気タービンでは、500~600℃、200~300気圧程度の高温高圧水蒸気を利用し、100℃程度で廃熱します。
 熱機関のエネルギー収支とエントロピー収支は次の式で与えられます。
Q1 = Q2 + w
Q1/T1 + gs = Q2/T2
ここに、
Q1,T1 :高温熱源の熱量及びその温度
Q2,T2 :廃熱の熱量及びその温度
gs  :熱機関のエントロピー発生量
w   :熱機関から得られる仕事

この2式から熱機関から得られる仕事量を求めると次のようになります。

w = Q1{(T1-T2)/T1}-T2*gs

 上式の右辺の第一項は、熱機関で得られる理想的な仕事量(力学的エネルギー)を示し、熱機関に投入された熱量Q1の係数η0={(T1-T2)/T1}=(1-T2/T1)は理想状態の熱効率です。これはカルノー・サイクルの熱効率として知られていますが、現実にはこの過程を実現するため(発生エントロピーgs=0にすること)には無限大の時間を要することになり実現不可能です。熱機関の効率改善とは、発生エントロピーを出来るだけ小さくすることです。
 火力発電の高温水蒸気温度をT1=600℃(=873K)、廃熱温度をT2=100℃(=373K)として理想状態の熱効率を求めると、
η0=(1-T2/T1)=(1-373/873)≒0.57

になります。実際の火力発電では、熱効率はη1=0.4 程度です。実際の熱効率と理想的な熱効率の比を求めるとη=η1/η0=0.4/0.57≒0.7になります。便宜的にこの数値は一定としておくことにします。このとき、熱機関から得られる仕事量は次の式で求めることが出来ます。

w = Q1(1-T2/T1)-T2*gs≒η*Q1(1-T2/T1)=0.7Q1(1-T2/T1)

 上式から分かるように、熱機関で得られる仕事量は、熱機関に加えられる高温熱源の温度と廃熱の温度によって決まり、温度差が大きいほど熱効率が高くなります。作動物質が水である蒸気タービンでは廃熱の温度は100℃程度ですから、熱効率を上げるためには高温熱源の温度をいかに高くするかが問題になります。
 例えば、高温熱源の温度を200℃(=473K)まで下げると、得られる仕事量は

w =0.7Q1(1-T2/T1)=0.7Q1(1-373/473)=0.15Q1

にまで減少します。これが『低温の熱ほど利用価値が低い』という意味なのです。

2-6-7 第二種永久機関は可能か?

 ヒートポンプを用いることによって投入仕事wを得るために投入する電力量(≒w)に対して、q1=COP*wの熱量を得ることが出来ます。q1=COP*wがヒートポンプに投入された電力量wを得るために必要な熱量Q1よりも大きければ、電力の拡大再生産が可能ではないか?

 この疑問点で見落とされていた視点は、熱の温度の問題です。言い換えれば熱エネルギーの持つエントロピー量による『質』についての視点が欠落していたのです。

 現状の熱効率の電動機ヒートポンプでは、得られる高温熱の温度T1が88.3℃以上になれば、発電に投入された燃料の燃焼熱を直接用いたほうが効率が良いことを示しました。88.3℃では水を沸騰させることが出来ませんからそもそも水蒸気タービンは成り立たないのです。
 では、電動機ヒートポンプから通常の火力発電と同程度のT1=600℃の高品質の熱エネルギーを得る場合のCOPを求めてみると以下の通りです。

COP = 0.54{T1/(T1-289)}=0.54{873/(873-289)}=0.8

 社団法人日本冷凍空調工業会のHPで示された発電効率0.37を用いると、電動機ヒートポンプから得られた高温熱で得られる電力量は、
w'=0.8w*0.37=0.296w≪w

となり、永久機関どころか1/3以下にまで減少してしまうのです。

 例えば、熱機関として作動物質として水以外を用いることも考えられますので、高温側温度をT1、低温度側温度をT2とした一般的な議論をしておきます。前回示したヒートポンプの給熱量と今回示した熱機関の仕事量の式

q1=0.54{T1/(T1-T2)}w 電動機ヒートポンプからの熱量
w=0.7Q1{(T1-T2)/T1} 熱機関を用いた発電電力量

から、q1=0.378Q1となり、電動機ヒートポンプから得られる熱で投入した仕事を再生産することは出来ないことが分かります。
 現状では、まったくお話にならないのですが、それでも発電効率や電動機ヒートポンプの改良で、発生エントロピーを極限まで減らした場合はどうなるのでしょうか?これは両システムの発生エントロピーをgs→0とした場合の極限として表すことが出来ます。この時の熱機関を用いた発電装置の発電量はw = Q1{(T1-T2)/T1}、ヒートポンプの供給熱量はq1 = {T1/(T1-T2)}wになります。この場合、次の等式が成り立ちます。
Q1=q1

 つまり、発生エントロピーをゼロとした極限状態において初めて単純再生産になるのです。一般的には、Q1>q1であって、電動機ヒートポンプでは、投入熱エネルギーQ1に対して、供給熱エネルギーq1の方が大きくなることはないのです。永久機関は存在しないし、したがって電力を拡大再生産することは有り得ないのです。

2-6-8 ヒートポンプの実像

 以上の検討から、ヒートポンプは冷却ないし比較的低温の熱を供給する場合において有効な技術であり、それ以上ではないことが分かりました。
 具体的に利用の妥当性のある電気器具は冷蔵(冷凍)庫とエアコン(冷暖房機)だけであり、これは当初からヒートポンプを利用している技術です。
 給湯器に関しては、電熱器を用いる従来の給湯器に比べれば確かにエネルギー節約的ですが、灯油やLPガス、天然ガスを用いる瞬間湯沸かし器タイプの給湯器に比べると明確な優位性は存在しません。
 特に、ヒートポンプを利用する場合、瞬間湯沸し器タイプの給湯器は作れないでしょうから、タンクに溜めた温水からの環境への放熱を補うために常時運転が必要になり、しかも装置構造が複雑であることも含めて、おそらく灯油やLPガス、天然ガスを用いる瞬間湯沸かし器タイプの給湯器の方がすぐれていると考えられます。

 更に、電動機ヒートポンプはあまりにも迂回度の高い技術であり、条件が許すならば熱化学機関を用いた発動機ヒートポンプを用いる方がはるかに効果的であることを付言しておきます。家庭で利用するには振動音、排気ガスなどの処理の問題などが考えられますが、事業所などでは可能な技術であろうと考えられます。

 最後にもう一度確認しておきます。電気を使用しなくても実現できることは電気を使わないことが最も省エネルギー的なのです。電力化はエネルギー資源と鉱物資源の利用効率を低下させます。COPなどというイカガワシイ数値に惑わされないでください。
(2008/01/15)
※このレポートはHP管理者からNo.300、301を整理したものです。



二酸化炭素地球温暖化脅威説批判 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Apr.1,2004
最終更新日:Mar.29,2006