環境問題と公共事業
3. 水循環を考える

 地表の物理的な改変によって、環境に最も影響が大きいと考えられる要素の一つである水循環について考えてみます。例として、都市を中心とした水循環の変化について取り上げます。

3-1 工業化社会の利水システム

 都市が形成される重要な立地条件の一つは、豊かな水の供給が可能だということでした。しかし、都市が大きくなるのにしたがって、その場所で得られる水だけでは供給が間に合わなくなり、遠隔地で水を取水して水路で都市に供給することが始められました。更に需要が大きくなり、また土木技術で巨大な構造物を作ることが可能になったことによって、更に遠い山間部に巨大なダムを建設して都市に送水することが可能になりました。
 現在の都市は工業化社会の中核として、商工業を能率的に行うという目的に特化して集中的に資本を投下してインフラの整備が行われています。地表面は大部分がコンクリートやアスファルトで覆われ、物質循環の重要な担い手である分解者としての地中微生物や小動物の生息環境が失われています。また都市では、遠隔地から収奪的に水を供給される一方で、都市に降る雨は邪魔者としてコンクリートやアスファルトの表面からできるだけ速やかに排水路へ流し込まれて除去されます。その結果、都市の降水は、その大部分が生態系における物質循環に寄与することなく放水路と化した都市河川から海へ流れていくことになります。
 このように、都市における水循環は、遠隔地からの給水によって水需要を賄う一方で、都市への降水は地表面で生態系の物質循環から分断されているのです。
 都市における生産活動や人間の生命活動によって生まれる廃物(工場廃水・糞尿・生活廃水)は、水と一緒に下水道に流し込まれ、(生物)化学的な処理を行われた後都市河川に放流され海に流れていきます。処理場で濾しとられた「汚れ」=汚泥は乾燥された後、ごみ処分場で埋設されます。
 工場廃水に含まれる化学物質や金属は、もともと生態系の物質循環になじまないものが多いと考えられます。これが環境中に流れ出すことは本質的に環境破壊あるいは汚染になると考えられます。
 しかし、人間の生命活動から生み出される「汚れ」である糞尿や生活廃水に含まれる有機質や栄養塩類など多くの物質は、人間社会の中では汚れであっても、本来の生態系の中においては分解者である小動物や微生物そして第一生産者である植物にとっての有用な資源であり、生態系の物質循環の中で適切に処理されるならば、具体的には生きている土壌に還元して生物的に処理されるならば生態系を豊かにするはずです。これを「汚染」として処理している現在の都市のシステムは技術的に貧困だといえるでしょう。
 人間の生命活動から出る廃物を生態系の物質循環で処理しきれないのは、まず第一に都市環境では生きている土壌がほとんど失われていることと、大型の生物である人間があまりにも密集して生活しているために周辺の生態系の処理能力を超えた過剰な廃物が生み出されていることです。
 第二に、都市を中心とした工業化社会は能率(=時間に対する処理能力)を最優先するシステムであり、生態系の持つ処理能力では、工業化社会の時間スケールとの間に差があり、人間社会からの廃物処理を生態系の物質循環システムの処理に任せていたのでは、工業化社会の「発展」の妨げになるからだと考えられます。
 このように、遠隔地から収奪的に都市に供給された水の多くは、都市の工業生産活動、あるいは消費活動を含む人間の生活から排出される廃物を処分場へと搬送する手段として使われるだけで、生態系の物質循環に寄与することなく海へ流れてしまいます。また、都市からの廃物のうち、本来ならば有用な資源として生態系に還元されて物質循環を豊かにするはずの物質の多くが工業的に処理され、ゴミとして最終処分場に埋め立てられ、生態系の物質循環から切り離されています。

 一方、都市に大量の水を供給している河川では、本来ならばその河川を流下する間に流域との間に有機的な物質交換を担っている河川水が減少することによって、水質が悪化すると同時に生態系の物質循環も貧弱なものになります。
 中流域や上流域においても「治水」目的のダム~連続堤による河川改修が進むにしたがって、水質は悪化し、流域との物質循環も更に制限されることになります。
 河川の中流域や上流域では下流域の都市部に比べて比較的に人口密度が低いため、生活廃水や廃物を土壌に還元して生態系の物質循環の中で処理することが可能だと考えられます。しかし、現実にはこのような地域においても都市部と同じように生活廃水は下水道によって終末処理場に集めて処理して河川改修が行われて水路化した河川に速やかに流し込むという方法で処理する方向でインフラの整備が進められています。
 このように、現在の都市を中心とした水の供給~下水処理システムは、都市部だけではなく河川の中・上流域を含めて生態系の物質循環の担い手としての水循環を破壊しているのです。


二酸化炭素地球温暖化脅威説批判 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Feb.9,2009
最終更新日:Mar.13,2009