−WTO− :World Trade Organization(世界貿易機関)

1. WTOとは何だろう?
     WTOの目的:
     WTOの原則:
     WTOの問題点:
      -意思決定の問題
      -紛争処理解決機関について
      -じゃあ、どうすればよいのか?

2.企業の投資とWTO
     ナイキの現場で・・・
     海外直接投資の社会的問題点;その1
     海外直接投資の社会的問題点;その2
     受け入れ国の態度は・・・?
     多国籍企業を規制するルール作りが先決

  投資問題FAQ
     投資の自由化ってどんな影響があるの?
     WTO投資協定にはどんな国が反対しているの?
     WTOにはどんな問題があるの?
     WTOのオルタナティブ(代替案)とは?

3. 生物多様性とWTO
     生物多様性の価値
     生物多様性をまもるための国際的な枠組み
     WTOと多国間協定(MEAs)の矛盾
     対立の解決案

4. 遺伝子組み換え食品とWTO
     加速する遺伝子組み換え作物の自由化
     守る権利か貿易障壁か
     組み換え作物は実質的に平等
     TRIPS協定との関係
     遺伝子組み換えをめぐる紛争解決

5. 水の民営化とWTO
     わずか0.5%しかない淡水
     水道事業の民営化
     水道事業民営化の問題点
     民営化とWTOの関係

6. 医薬品とWTO
     医薬品と知的所有権
     特許に左右されるエイズ患者の命
     知的所有権を守るTRIPs協定
     医薬品へのアクセスを改善するために


1. WTOとは何だろう?

WTO:World Trade Organization(世界貿易機関)
 1995年、貿易に関する一般協定(GATT)の流れを引き継いで設立された。

 
WTOの目的

 関税を限りなくゼロにし、諸々の規制をなくして、企業と その工業製品、あるいは農産物やサービスが地球規模の市場で自由に競争できるようにすること。
戻る

 
WTOの原則

a: 加盟国は透明性の確保とWTO協定への整合化義務を持つWTO加盟国は各国の現行の法律だけでなく、貿易に影響を与えうると思われる法律、規則、規範などを随時WTOに知らせなければならない。これらの法や規則をWTOに対して明らかにしなかったり、WTO協定に整合化しようとしない加盟国は、WTOの中にある、貿易政策審査検討機構から注意を喚起される。
WTOは加盟国の国内法をも変え得るほどの強い力を持っているのである。

b: 
最恵国待遇の実施
   (最恵国待遇とは、どのWTO加盟国に対しても、同じ関税率、同じ国内規制を適用することを義 務づける原則である。)

c: 
内国民待遇の実施
   (内国民待遇とは、加盟国は他の加盟国の商品・サービスを自国の生産者や供給者の商品・サービスと同等に扱う事を義務づける原則である。)

d. 
市場へのアクセス(数量的制限の排除)
  (輸出入において、関税以外の措置(「数量割り当て」や「最低価格の設定」などの)を原則的に禁止している。)

しかしWTOはその数多くの協定に含まれる問題点と同時に、WTOの組織自体にも大きな問題点を持っている。
戻る

 WTOの問題点:

 上記で述べたようなWTOの原則は、特に発展途上国に大きな影響を与えている。
1985年から始まったGATTウルグアイ・ラウンド以来、農産物、知的所有権、サービス貿易など様々な分野で自由化交渉が促進されてきた。しかし、以上のようなWTOの原則により、途上国では、弱体な国内産業を保護するための対外規制導入が難しくなったり、公益に関する国内法が次々と退けられるなどの弊害が起こっている。その結果、南北格差がますます拡がることになった。

 
WTOの問題点-意思決定の問題

 また、WTOの政策決定過程にも問題がある。WTOの最高意志決定機関である閣僚会議は2年に1回開かれ、コンセンサス方式が採られている。コンセンサス方式とはすべての加盟国の賛同が得られなければ、決定がなされない方式のこと。
 これは一見民主的のように思われるが、実際には閣僚会議の事前に四極代表(米、EU、日本、カナダ)と他の先進国、一部の途上国が参加して、「グリーンルーム方式」という秘密会合が 行われ、そこで練られたものが本会議に出されるのである。この秘密会議は先進国中心であり、後発途上国はほとんど招かれていない。その閉鎖性と非民主性がNGOや途上国から批判されつづけてきた。
戻る
 
 WTOの問題点ー紛争処理解決機関について

 さらにWTOの問題点を挙げる上で忘れてはいけないものに、紛争解決機関(DSB)の問題がある。例えば、あるWTO加盟国Aが他の加盟国Bの貿易政策により経済的損失を受けた場合、AはBの政府との協議を要求でき、DSBがそれを組織する。60日以内に納得のいく決定が得られない場合、A国はパネル(紛争解決小委員会)の設置あるいは仲裁法廷の開催をDSBに求める。だがこのパネル法廷には、以下のような問題点がある。

 a:「パネル法廷」は3人の貿易専門家で構成されるが、その専門家は選挙で選出された人々ではなく、当該国の政府が指名した人々である。
 b: パネルは非公開で行われ、紛争と関わりのない第三者的組織や個人の自発的な証言は極端に制限される。
 c: WTO協定のみが法的根拠となり、WTO以外の国際法(特に環境・社会関連)が無視されている

戻る

 aについては、途上国は適当な専門家をもっていないために、紛争解決手続きを踏むとすれば多額の費用をかけて外国の専門家を雇うことになり、途上国に不利なものになっている。
 また、cについても、過去の判決例をみると、安全性への懸念からホルモン投与された牛肉の輸入を拒否したEUに高額の報復関税をかけられたケースや、ウミガメのケース(絶滅の危機に頻しているウミガメを殺してしまう漁法で採ったエビの輸入規制に対し、ウミガメ保護の法律がWTO協定に違反するという判決を下した)がある。このように強制力を持ったDSBが、「自由貿易の推進」という点に偏りすぎ、環境・社会的に悪影響を及ぼすような裁定が行われることもある。
戻る

 
じゃあ、どうすればよいのか?:

 以上で述べたようにWTOは様々な問題を抱えている。そこで考えられることは、権力が集中しているWTOの力をできるだけ削ぎ、南北格差が是正され、公平な貿易が行われるよう、多極化した経済構造を作りあげることだろう。例えば1964年に途上国の要求により、貧困根絶を目 的として設立されたUNCTAD(国連貿易開発会議)や、東南アジアの経済発展、社会の発展などを目的として1967年に設立されたASEAN(東南アジア諸国連合)、アフリカの経済成長を目指すAU(アフリカ連合)などの例がある。
戻る


2. 企業の投資とWTO

 
ナイキの現場で・・・

 1997年、ナイキが委託するベトナムなど東南アジアの下請工場で、強制労働、児童労働、低賃金労働、長時間労働、セクシャルハラスメントの問題があることが暴露された。
こうしたスウェット・ショップ(搾取工場)と取引するナイキに対し、米国のNGOや学生グループなどは、インターネットや大学キャンパスを通じた反対キャンペーンを起こした。
ナイキ製品の不買運動や訴訟にまで発展した結果、翌年、ナイキは、海外工場での 労働をなくし(従業員年齢下限を16才から18才に引き上げ)、NGOによる工場内査を認めるなど、労働条件改善に向けた抜本的対策を約束する声明を発表した(※1)。しかし、未だにスポーツ靴を児童労働で生産しているとNGOから指摘されている(※2)。なぜこのような無責任な企業活動が展開されるのだろうか?
戻る

 海外直接投資の社会的問題点;その1

 UNCTAD(国連貿易開発会議)の世界投資報告(2001)によると、世界の貿易の3割は多国籍企業の企業内貿易であり、多国籍企業が一方の当時者となっている貿易は、全貿易の6割を占めている。
 企業の本質的な目的は、少ないコストで多大な利益を得ることだ。その目的を達成する手段の1つとして、多国籍企業は海外で事業を行うために子会社を立ち上げたり、工場を建設するために、海外直接投資を行う。企業は、海外直接投資をする事によって企業内国際分業を促進させ、コストを削減することができる。しかし、多国籍企業の進出先が発展途上国の場合、環境破壊や人権侵害などが起こりやすい。
 多くの発展途上国は、雇用創出、輸出増加、技術移転、インフラ整備などを期待して、外国企業の投資を積極的に誘致している。そのために、労働規制の緩和や免税措置を設けた「輸出加工区」を設定したり、労働組合運動を国内法で禁止している国もある。これらの国は、多国籍企業の新規投資を拡大させたり、工場が他の国へ逃避しないようにするために、社会・環境的規制を緩和させる。NGOはこの現象を「底辺への競争」と呼んでいる(※3)。このような構造的サイクルがある中で、多国籍企業による深刻な環境破壊や人権侵害の事例が各国から報告されている。
戻る

 海外直接投資の社会的問題点;その2

 海外直接投資は上記のような社会的な問題だけでなく、途上国の経済にとっても悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。企業は利益を配当という形で株主に還元するために、株主のほとんどが先進国の投資家や銀行である多国籍企業の場合、途上国で産み出された利益の多くが、途上国内に再投資されずに、先進国へ流出してしまう。このため、途上国の中小企業の発展を阻害する可能性がある。

 受け入れ国の態度は・・・?

 日本政府やEUなどの先進国は、2003年9月にメキシコで開かれるカンクン閣僚級会合に向けて、WTO投資協定の交渉開始を求めている。しかし、インドやマレーシア、アフリカ諸国などの途上国は政策の選択肢を狭めるものであるとして、交渉の立ち上げそのものに反対している(※4)。
戻る

 多国籍企業を規制するルール作りが先決

 現在、多国籍企業の活動を規制する国際的な法的枠組みは十分に機能していない。OECDの多国籍企業ガイドラインや国連のグローバルコンパクトは自主的なイニシアティブであり、多国籍企業の透明性や説明責任を高めるための法的拘束力を持っていない。このように、国際的な枠組みが不十分であるにもかかわらず、WTO投資協定によって海外直接投資における多国籍企業の権利を強化することは、環境破壊や人権侵害をさらに拡大させる恐れがある。
2002年9月に南アフリカ共和国において開催された持続可能な開発のための世界サ ミット(ヨハネスブルグサミット)では、多くの国際NGOが多国籍企業をの社会的責任を強化する国際的な枠組みの設立を訴え、枠組みを発展させることが合意された。また、2003年6月に開催されたG8エビアンサミットでは、社会的責任を果たそうとする企業の取り組みをG8支持する方針を示し、経済協力開発機構(OECD)の多国籍企業ガイドラインの順守などを呼びかけた。
 WTO投資協定を立ち上げる前に、これら多国籍企業の透明性や説明責任を高めるための法的拘束力をもった枠組みが必要である。その上で、海外直接投資に関する多国間のルールが必要であれば、国連などWTO以外の場所で議論するべきだ。なぜなら、WTOの交渉プロセスや紛争解決メカニズムが先進国にあまりにも有利であり、WTOで投資協定を立ち上げる限り、途上国における持続可能な発展を促進させるような投資協定は期待できないからである。
戻る

【参考資料】
(※1)CorporateWatch http://www.corpwatch.org/trac/nike/ernst/audit.html
(※2)Global March
http://www.globalmarch.org/world-cup-campaign/presskit/english/2-Reports/Indonesia.php3
(※3)利潤か人間か 北沢洋子 コモンズ出版
(※4)TWN Info on WTO 25th May 2003  Third World Network。


投資問題FAQ

FAQ〜WTO投資協定って何?なぜ問題なの?〜
WTO投資協定は様々な問題があります。具体的にどんな問題があるのか?私たちがなぜWTO投資協定に反対するのか?をまとめてみました。
戻る

Q: 投資の自由化ってどんな影響があるの?

A: 途上国の労働、健康、環境の規制は、一般的に先進国よりも低いわけですが、そのために、途上国においてすさまじい人権侵害、環境破壊が繰り返されてきました。これは、国際間において、人権侵害をおこし、環境破壊的な企業の活動を規制するための法的枠組みがないことが要因です。多国間の投資ルールがない現在においてもこれだけの問題が起こっているのに、さらに投資の量を拡大し、グローバル企業の権利を強化すれば、ますます問題は深刻化することになります。また、そもそも投資の拡大は、途上国の自国の企業の発展を押さえ、途上国の貧困解決を保証するものではありません。現在、先進国が不況であることでODAの支出を削減し、代わりに民間投資の額が急激に増加しています。しかし、ODAと違い、民間投資は利益の一部が株主に配当されてしまうので、途上国内において利潤の再投資が十分に行われません。さらに、民間投資は途上国の中でも一定の所得のある国に集中するので、そもそも、貧困の深刻な地域には投資されず、貧困解決を保証するものではありません。
戻る

Q: WTO投資協定にはどんな国が反対しているの?

A: WTO投資協定には多くの途上国の政府も途上国のNGOも反対しています。(例:インド、マレーシア、ジンバブエ、ザンビア、ケニア、ベリーズ、ウガンダ、スリランカなど)これらの国は、「WTOの投資協定は自国の利益にならない」と発言しています。インドは「WTO投資協定は発展の選択を閉ざすものである。途上国の経済混乱を引き起こさないよう先進国の投資側において、厳しい規制が必要である」と延べています。
戻る

Q: WTOにはどんな問題があるの?

A: WTOの交渉はグリーンルーム方式と呼ばれ、先進国と一部の途上国の間で密室で決められてしまいます。その閉鎖性は他の国際機関よりも明確で、交渉をする前提が途上国にとってあまりにも不利な状況なのです。また、WTOのすべての協定は自由化の不可逆性(後戻りのできないこと)を持っています。つまり、一度、ある分野をオープンにしてしまえば、どんな経済的・社会的変化があってもその自由化を後戻りさせることはできません。さらに、WTOは、強力な紛争解決メカニズムにより、時に国内の法規制を上まわる強制力を持っています。つまり、国内において民主的な手続きで合意された法律が、たった三人の紛争解決パネルのパネリストによって判決を出されることになります。この判決は無視することはできますが、訴えた相手国に対抗貿易制裁を行う権利を与えるので、輸出品の少ない途上国ほど従わざるえない状況になります。またその判断基準となる法体系は、国連の協定や条約などを無視した著しくバランスを欠いたものです。
戻る

Q: WTOのオルタナティブ(代替案)とは?

A: 国連貿易開発会議(UNCTAD)は現在は研究機関となっていますが、かつては、途上国の発展を支える機関として、積極的に活動してきました。国連は安全保障理事会こそ拒否権によって非民主的な決定が行われていますが、貿易や経済、社会の問題を扱う経済社会理事会では、世銀やIMF、WTOなどの他の国際機関に比べ、民主的な決定を行っています。また、国連には国際的な法体系を無視した紛争解決機関はありません。国連が十分に機能できていないのは、先進国によって機能を制限されているからです。先進国にとっては出資額によって投票権の行使でき、先進国のアナリストが多くいる世銀やIMF、グリーンルームで決めることのできるWTOなどを拡大させたほうが自国の利益を拡大することが容易であるからです。貿易や投資のあり方を国際間で協議する場として、国連はひとつのオルタナティブになります。アフリカやアジアなどの途上国同士の地域連合やこれらの国際機関が多元的な枠組みを作ることによって、WTOの影響力を緩和することができます。必要なのはグローバル企業の権利章典ではありません。私たちが持続的に生きるためのスペースなのです。
戻る


3. 生物多様性とWTO 

 生物多様性の価値
 何億何千年という長い年月をかけて創り上げられてきたこの美しい地球環境が、わずか100〜200年の間に、人間によって破壊されようとしている。この人間の活動は生物多様性の減少という問題を引き起こした。地球温暖化のスピードは極めて速く、それに順応できない生物は絶滅するだろう。さらに無秩序な開発や化学物質などの問題とも絡み合い、生物多様性の減少は複雑で深刻な問題となっている。
  現在地球上で科学者により分類され、種名がつけられている生物種は約175万種(Global Biod
iversity Assesments:UNEP,1995)に上る。さらにそれ以外に、推定されている未確認種の総計を合わせると、3000万〜5000万種、あるいは1億種などとも言われている。WWFのLiving Planet Report 2002(生きている地球レポート)によると、1970年以降の生態系指数の劣化状況は、森林生態系5%、淡水生態系54%、海洋生態系35%で、全体でも実に35%の種がこのわずか30年あまりの間に失われた。
戻る

 生物多様性をまもるための国際的な枠組み

  この問題が国際的に議論され始めたのは1972年の国連人間環境会議(ストックホルム
会議)だった。そして、初めて国際的な枠組みが打ち出されたのは1992年の国連環境開発会議(地球サミット)である。このとき、地球上のすべての生物の保全を目的とする「生物多様性条約」が採択された。

この条約の目的は、

 1 生物多様性の保全 
 2 生物多様性の構成要素の持続的な利用 
 3 遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分


の3つである。特にその中で3についての対策として、2000年1月にカルタヘナ議定書が採択された。この議定書は、遺伝子組み換え作物の安全な移送、取り扱い及び利用のための国際的な規制として作られたものである現在、自国のバイオ産業を保護したいアメリカは批准していない(アメリカは生物多様性条約にも批准していない)。 また、環境保全を目的とした国際条約としては、絶滅の危機に瀕した野生動物の種の国際取引を禁止したワシントン条約(採択年:1976)、オゾン層を破壊する物質の輸出入を禁止したモントリオール議定書(1987)、有害物質の国境を越える移動およびその処分を規定したバーゼル条約(1989)など、多くの多国間環境協定(Multilateral Environmental Agreements : MEAs)がつくられた。現在それらは150以上存在し、その中でも貿易措置を含むものは上記3つを筆頭に20程度ある。
戻る

 WTOと多国間協定(MEAs)の矛盾

 MEAsの役割が拡大すると、WTO協定との整合性を取ることが求められるようになった。その原因はWTOとMEAsの基本的な目的の違いにある。1994年に開かれたGATTのマラケッシュ閣僚会議で採択されたマラケッシュ協定によると、WTOの原則として、最恵国待遇(第一条)、内国民待遇(第三条)、数量制限の禁止(第十一条)などが挙げられる(詳しくは「WTOの問題点」参照)。つまり、WTOは自由で無差別な貿易を促進することを第一目的としている。これに対し、MEAsは環境保全を目的とし、一定の条件を満たす国への輸出入禁止などの差別的行為を認めている。
戻る

 
対立の解決案

 この問題に対して、1994年GATTの特別作業部会である「環境保護と国際貿易に関するグループ」がレポートを提出。その中で以下の2つの解決策を提示した。

1 WTOとMEAsの間で矛盾が生じた場合は、GATT第25条を適用し、加盟国の3分の2の多
数が認められればMEAsを優先する。
2 WTO協定の中にMEAsの貿易措置を認める条項を加える。

これらはいずれも有効な方法であるが、問題点もある。1のようにケースバイケースで問題に対応する場合には、どの程度なら3分の2以上の賛成を得られるかという予測が立たない。そのため2のようにWTO協定の中に規定されている場合に比べると、MEAの条項に貿易措置を加えるのが難しくなる。さらに、WTOではそれぞれが自国の利益を優先する手前議論の難航が予測され、時間がかかる上に、国力の違いによって公平な決定も保障できない。
 2の場合は条約を改定する作業になるため、非常に困難である。さらに、MEA交渉の中で今後生じる可能性のある幅広い問題を十分にカバーする基準を設定することは難しい。WTOの一般理事会の傘下に置かれ、貿易と環境の問題を扱っている「貿易と環境に関する委員会」(Committee on Trade and Environment :CTE)では、これらの案に対する議論が行われてきた。CTEの最初の指令は様々な「環境と貿易」に関する問題を審議しその結果を第一回閣僚会議に報告することであったが、第一回閣僚会議の時点ではこの問題の結果は出ず継続して審議されることになった。そしてドーハで行われた第四回WTO閣僚会議の閣僚宣言において、この問題は限定的ではあるが今後交渉を行っていくことになった。

しかし、CTEは、この問題を解決するうえでは限定的な役割しか持っていない。CTEは
WTO上の権利や義務を変えることなく、MEAsとの整合性を取ることを目的としているため、そもそもWTOのもたらす環境・社会的影響力を緩和させるものではない。また、CTEにおいてWTOとMEAsとの相違点が指摘された場合、MEAsを改悪させる要素となることが懸念される。したがって、WTOとMEAsとの整合性の問題は、WTO以外の場で議論されることが必要である。

2002年8月には、南アフリカのヨハネスブルグで世界首脳会議(WSSD)が開催された。
実質的に先進国の意向を反映しやすいWTOの運営を推進したい米国などの圧力から、サミットの成果となる世界実施文章の貿易の章には、「WTOの支持の下、WTOとMEAsの整合性を取る」という表現が盛り込まれた。つまり、WTOとMEAsとの整合性の問題は、CTEに委ねることが確認されてしまった。これは、ヨハネスブルクサミットの大きな失敗の一つである。環境問題を解決させるための実行力のある国際ルールをつくるためには、CTEにおいて、 限定的な解決策を模索するのではなく、WTO以外の場において、各国がWTOよりもMEAsを優先させることを合意することが必要である。
戻る

【参考資料】
・『温暖化に追われる生き物たち』 堂本暁子 1997年
・『WTO協定とMEAsの整合性について』岩崎祥也
・http://eco.site.ne.jp/info/index.cgi?code=00098
・http://www.k-t-r.co.jp/kankyo08.html


4. 遺伝子組み換え食品とWTO 

 加速する遺伝子組み換え作物の自由化

 GATTウルグアイ・ラウンド以降、農業や食料も他の鉱工業生産品と同様に扱うことを目的に国際的な貿易ルールが作られるようになった。そして1996年頃から、食料輸出国の筆頭である米国やカナダで、コスト削減による生産性向上を目指し、特定の除草剤をかけても枯れない遺伝子を組み込んだり、殺虫毒素を持つ微生物の遺伝子を組み込んだりした遺伝子組み換え作物が世界を流通し始めた。現在、日本国内で認められ、大量に輸入されている遺伝子組み換え食品は大豆、とうもろこし、綿、菜種、ジャガイモ、テンサイの6品種で、どれもその殆どが表示のないまま私達の日常の食卓に上がっている。食品としての安全性は不確実で、免疫力低下や、アレルギーの原因になるとの懸念もある。また、食べ続けることにより、腸内細菌が抗生物質耐性になる危険があり、病気で抗生物質を飲んでも効かなくなる可能性が出てくる危険性もある。
 WTO体制の成立により、それまで各国まちまちであった遺伝子組み換え食品の輸出入に関する国際的な取り決めが作られることになった。WTOの中で「衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)」と「貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」により、強い強制力をもって、各国の輸出入の基準に変更を求めてきた。WTOの率先した遺伝子組み換え作物の自由化は、多国籍企業による農業支配と、遺伝子組み換え作物の移動・拡散による生態系破壊を防ぐため、国際取引を規制しようとする動きを阻むものであり、WTO加盟国が公共の健康を保護する政策を阻止するものである。
戻る

 
"守る権利"か"貿易障壁"か?

  TBT協定はWTOの農作物や鉱工業産品の貿易上を障害となりうる各国の技術的な基準を取り除く役割を持っている。このTBT協定により、農産物の貿易において、その生産過程や生産方法(PPMs)の違いによる輸入規制認められておらず、遺伝子組み換え作物は、組み換えられていない農産物と実質的に同等だと見なしている。つまり、TBT協定は遺伝子組み換え作物の表示を禁止はしていないが、表示による輸入規制を行うことを禁止し、表示の義務も求めていない。したがって、未だに多くの国では、消費者が、遺伝子組み換えの食品かどうかを判断することが難しい。
戻る

 
組み換え作物は実質的に平等

上記で述べたようなWTOの原則は、特に発展途上国に大きな影響を与えている。
1985年から始まったGATTウルグアイ・ラウンド以来、農産物、知的所有権、サービス貿易など様々な分野で自由化交渉が促進されてきた。しかし、以上のようなWTOの原則により、途上国では、弱体な国内産業を保護するための対外規制導入が難しくなったり、公益に関する国内法が次々と退けられるなどの弊害が起こっている。その結果、南北格差がますます拡がることになった。
戻る

 TRIPS協定との関係

 現在、WTOのTRIPs協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)において、生物は特許の対象から外すべきだとする途上国の要求は受け入れられておらず、生物多様性条約やカタルへナ議定書との整合性についても明確化されていない。
 これは、バイオ企業が、途上国固有の種子を活用した組み換え遺伝子に特許をかけ、自家採種や種子の保存を特許侵害として訴えることを容認している。
戻る

 遺伝子組み換えをめぐる紛争解決

現在、遺伝子組み換え作物の自由化を推す米国と、健康・環境に関する問題が懸念され、又、その安全性が保障されていないとして遺伝子組み換えの自由化に反対するEUとが大きく対立している。そして2003年5月13日、米国は、EUの遺伝子組み換え作物規制が科学的根拠に基づいたものではないとして、WTO紛争解決パネルへ提訴した。
 過去の農産物関連の紛争解決による決定では、SPS協定第5条にある予防原則において、WTO加盟国に科学的な証拠がない場合でも、その安全性、又は、欠陥を立証するために猶予期間として、農産物の一時的な輸入規制を認めている。
 1989年にEUはこの予防原則に則って、米国からのホルモン牛肉の輸入規制を試みた。WTOの紛争解決パネルは、SPS協定の予防原則を適用する場合でも、危険性を証明する何らかの科学的根拠が必要だとEUに対して勧告した。この勧告は遺伝子組み換え作物に関して、科学的に危険性が立証されていないものは認可すべきという米国やバイオ企業の意向を支持するものである。これに対して、EUは遺伝子組み換え作物についても、その安全性の審査の基本を予防原則に置くべきだとしている。それは、科学的に危険だと立証されたときには手遅れになる可能性が強いからである。
 最後に、WTOによる遺伝子組み換え作物の扱いは、SPSやTBT協定、TRIPs協定とWTO内にある強い紛争解決パネルにより、偏った科学認識のもと、私たちの食料安全保障、食料主権、環境が脅かされてている。今後、遺伝子組み換え作物の自由化がさらに進むことにより、巨大なバイオ企業による不当に安い遺伝子組み換え作物に対抗できない小農民(特に国内政策による農業の助成が受けられない50〜80%が農業人口の途上国において、そのほとんどが小農民)の生活が更に脅かされることになる。それは、WTOによる貿易自由化の名の下に、多国籍企業による食料の供給システムを一層、独占支配させ、貧困解決はおろか、経済格差をますます拡大させるだろう。
戻る


【参考資料】
“The Attack on GM Labelling,”The World and the World Food System:
a trade union approach, International Union of Food, Agricultural, Hotel,
Restaurant, Catering, Tobacco and Allied Worker’s Associations、2002年

河田昌東、転換期の遺伝子組み換え作物:ますます深刻になる健康と環境への安全
性、
いらない!遺伝子組み換え食品全国集会、2003年3月25日

古賀真子、“コーデックスNGO行動への参加を!”消費者リポート、日本消費者連盟
2003年2月17日号

Sale of the Century? ---People’s Food Sovereignty: Part1- the implications
of current trade negotiations, Friends of the Earth, 2001年11月

GM Trade War Looms: How will the World Trade Oragnization handle the US/EU
food dispute?, Friends of the Earth, 2003年5月

リチャード・マクナマラ、“「とも食い」というテロリズム、”バンダナ・シヴァ
の眼V、週刊金曜日、2002年12月6日


5. 水の民営化とWTO 

 わずか0.5%しかない淡水

 1996年、首都圏において夏・冬合わせて116日もの間、渇水(水不足)により取水制限がなされた。1994年には、のべ42都道府県、1666万人もの人が渇水の影響を受ける過去最大の大渇水が起こった。普段当然のように手にしている水の使用が制限され、改めて水の大切さを感じた人も多いだろう。
 私たちが利用できる淡水は、地球上の総水量のたった0.5%以下に過ぎない貴重なものである。その限られた淡水であるにもかかわらず、人類が驚くべき速さで摂取し、汚染し、枯渇させている。その結果、世界中で11億人以上の人が、清潔で安全な飲み水を得られないとの国連の報告がある。
 そこで、2000年の国連ミレニアム会議では「2015年には清潔な水 にアクセスできない人口を半減する」という目標がたてられた。さらに2002年南アフリカ共和国で開催されたヨハネスブルグサミット(持続可能な開発のための世界サミット)でも同じ文言が実施文書の中で採択された。
戻る

 水道事業の民営化

 世界銀行や国際通貨基金(IMF)は、「公営の水道事業はコストがかかりすぎ非効率的である」とし、水道事業の民営化を提唱している。さらに民営化を促進するためにIMFは、発展途上国の資金貸付(融資)の条件として、水道事業にかかる全コストの回収や水道事業の民営化を要求している。「財政支出の削減、売却による資産の確保」によって、途上国政府の抱える債務の返済に充てるべきと主張しているのである。巨額の債務を抱えた国々は、世界銀行やIMFの要求を呑まざるを得ない。実際に、2001年11月の時点で約60億人のうち4億人が、民間による上下水道サービスを受けており、2015年には10億人に達すると予想されている。
戻る

 水道事業民営化の問題点

 現在、世界の水サービス市場4分の3はフランスのビベンディ社、スエズ社、ドイツのRWE社によって占められている。これらの巨大な多国籍企業による水道事業の独占は、さまざまな問題を生んでいる。営利を追求する水企業は、運営コストの回収と利潤確保のため、水供給にかかるすべてのコストを消費者の使用料金でまかなわれるような価格設定をしたため、水道料金の値上げが世界中で起こっている。事実、ボリビ アのコチャバンバ市では、民営化によって水道料金が2〜3倍になったという事例が報告されている。貧しい人たちは高騰した水道料金を払うことができないため、水へのアクセスが難しくなってしまう。企業の勝手な判断で採算が合わないとみなされ、最貧困地域への水供給の切り捨ても起こっている。
安全な水へのアクセスが難しくなった結果、不潔な水を取らざるを得なくなり、健康面に悪影響も及ぼしている。ガーナでは民営化されてから川の水を飲んだせいで疾患率が3倍にもなってしまった。川や地下水からの取水が進みすぎて、川の流量の減少や地下水の枯渇、地盤沈下など環境問題への影響も懸念されている。このように水道事業の民営化は、最貧困層の安全な水へのアクセスを困難にし、水が高く売れる地との不平等がさらに広がる。つまり貧困を解決するどころか、それを助長しているのである。
戻る

 民営化とWTOの関係

1995年、GATTがWTOに移行し、新たに始まった交渉議題のひとつが、サービス貿易である。サービスを自由化するための協定、GATS(サービス貿易に関する一般協定) の交渉がWTO協定の一つとしてスタートした。この協定の一番の目的はサービス貿易の 最大の障害である各国の政府規制を軽減することにある。途上国は、国内法に基づいて海外から進出してくるサービス業に対して、免許、資格要件、技術上の基準などの規制を設けている。また公共サービスや国営サービスを支援するために、補助金を与えている。このような規制や補助金を「自由な競争の障害である」として軽減し、外国の企業を含めて自由な競争ができるようにしようと決めたのがGATSである。そしてこのGATSのサービス自由化交渉の中で「水供給サービスの民営化・自由化」も取り上げられている。
 GATS協定によりサービス貿易が自由化されれば、その恩恵を一番受けるのはグローバル水企業である。水道サービスにおいても、多国籍企業が世界中で民営化事業を行いやすい状況になる。WTOにおいてはたとえ環境破壊や人権侵害が判明しても、環境保全や人権保護を目的に貿易制限を行うことは難しい。グローバル水企業の活動を促進し、ますます貧困を助長するようなGATS協定を私たちは許してはいけない。
戻る


【参考資料】
『奪われし水キャンペーン』,A SEED JAPAN,2003年,
http://www.aseed.org/water/
『水の商品化・自由化を考える』,AMNET,2003年,
http://www1m.mesh.ne.jp/~apec-ngo/water/water-pr.htm#jirei
『WATER RESOURCE.』,water advocates.,2003年
http://www.wateradvocates.jp/%7Eresource/
スーザン・ジョージ,『WTO徹底批判!』,作品社,2002年
田村次朗,『WTOガイドブック』,弘文堂,2001年
パブリックシティズン他,『誰のためのWTOか?』,緑風出版,2001年


6. 医薬品とWTO 

 
医薬品と知的所有権

  医学が大いに進歩した現在でも、多くの人々が病気によって命を落とし続けている。そして、その被害者の大半は途上国の人々であり、その原因は結核、マラリアといった先進国なら予防出来るものやエイズのように治療薬が手に入れば生き延びることの出来る病気である。しかし、彼等にとって治療薬を入手することは容易な事ではない。先進国で製造されている医療薬のほとんどは高価で、途上国の人々の手には届かない。
多くの製薬会社は自分たちが開発した薬品の製法に対して特許権(知的所有権)を持っている。特許とは、ある新しい技術を開発した発明者に対価として与えられる独占権である。その目的は、さらなる技術の進歩を奨励し、産業の発達を促進しようというものだ。最近音楽業界で話題になっているコピーコントロールCDも、デジタル情報のコピーから音楽家の著作権を守るために導入されたものである。
戻る

 特許に左右されるエイズ患者の命

 薬品に対する特許制度に世界中が注目するようになった大きなきっかけは、20世紀後半に爆発的な流行を見せたエイズだろう。今なお世界中で猛威をふるい続けているこの病に、多くの途上国の人々は苦しめられ続けてきた。エイズの症状を抑えることが可能な薬が開発されても、その薬は非常に高価で、彼等の手には届かなかったからだ。そして、政府が薬を製造して安価で販売しようとしても、高額な特許料という壁に阻まれた。この知的所有権を守る特許制度を国際的に認め、推進していたのがWTOの「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs協定)」である。
戻る

 知的所有権を守るTRIPs協定

  RIPs協定において、特にジェネリック薬の製造が許されるようになった成果は大きい。このジェネリック薬とは、特許の期限が切れた場合に製薬会社に対して特許料を支払うことなく、しかし、模倣品ではない、全く同じ効能を持った状態で生産し、安価で販売することの出来る、非ブランド薬のことである。タイやブラジルでは政府がこのジェネリック薬を製造して国民に配給した結果、大きな改善が見られたし、インドでは安価な治療薬が大量に生産、輸出され、多くの途上国の人々を救っている。
しかしTRIPs協定においては、エイズやマラリア、結核の3種類の病気に対する特別措置は考えられていても、その他の病気に対する薬品には何の対応もなされていない。特に貧困層にのみ蔓延し、世界経済に対する影響の少ない病気への取り組みはほとんど無いといっても過言ではないだろう。例えば、途上国であるためにエイズのジェネリック薬の製造を事実上黙認されていたインドなどのジェネリック薬生産国も、2005年のTRIPs協定のスタートを機に、その許可を取り下げられてしまう。その結果、例えばインドなどで生産されていたジェネリック薬に助けられてきたエイズ患者が苦しむことが予想される。最悪の場合、強力な競争相手がいなくなった製薬会社が一斉に治療薬の価格を上げることも考えられるのだ。
戻る

 医薬品へのアクセスを改善するために

 この他にも様々な問題を抱えているTRIPs協定に対する反論の声は、非常に大きい。世界中の全ての人々には健康的に生きる権利があり、そのためにはどんな病気に対する治療方法にも平等にアクセス出来る必要がある。しかし、人命以上に巨大多国籍企業の利益が優先される現在のTRIPs協定のままでは、改善は難しいだろう。人類が天然痘を克服し、医学の勝利を宣言した直後にエイズが現れ、その後もエボラ出血熱、クロイツフェルトヤコブ病、そして今回のSARSと未知の病気は次々と現れており、それはこれからも変わらないのだから。
戻る


【参考資料】
スーザン・ジョージ,『WTO徹底批判!』,作品社,2002年
『特集:HIV/AIDSと貧困』,Oxfam,
http://www2.odn.ne.jp/oxfam/topics/hivaids/hiv-aidstppg.html
アフリカ日本協議会,
http://www.ajf.gr.jp/index.html

本記事は
アシードジャパン 資料集を元に作成しました。


ホーム ]上へ ]


最終更新日 : 2006/3/10