第六節　耕作ト増収策

　一、馬耕ノ使用
　本村ニ於テ一般ニ馬耕ヲ使用シ田ヲ耕スニ至リシハ、明治三十二年頃ヨリナリトス。サキニ、本村狐禅寺小野寺揆一君ハ明治□□年、岩手縣ヨリ洋犂（プラウ）ノ下附ヲ受ケ耕シ居リタレドモ、当時ハ之レヲ顧ミル者ナカリキ。真柴ノ人・阿部善治君、夙ニ心ヲ農事改良ニ用ヒ、馬耕ノ利アルヲ聞キ、之レヲ使用セントセシカドモ、当時、当地方ニ於テ使用スルモノナカリシカバ、先ヅ小野寺氏ニ就キ之レヲ見ルニ、現在ノ本村耕地ニ使用スルニハ此ノ式ノ犂ニテハ不便不堪ト感ジ、宮城縣地方ニテハ和製特立犂ヲ使用シ居ル由ヲ聞キ、自ラ栗原郡地方ニ出張シテ実地視察ヲナシ之レガ使用法及製作法ヲ実習シ、特立犂一台ヲ借用シ来リテ耕シタリ。之レ明治二十八・九年頃ナリトス。明治二十九年ニハ特立犂（三号）三台ヲ東京ヨリ購入シ、友人・阿部幸太郎、熊谷豊治ニ領チ使用セリ。之レヨリ、多ク特立犂ヲ使用スルニ至レリ。
　当時、西磐井郡農会ニ於テハ、仝会奨励事項ノ下ニ馬耕ヲ一般ニ使用セシメントシ、馬耕競犂会ヲ各村順番ニ開催シ、又、奨励委員トシテ農事熱心家・小野寺揆一、千葉富太郎氏等ノ自ラ範ヲ示シテ、熱心奨励ニ努力スルアリテ、忽チニ普及セラレタリ。因ニ、千葉富太郎君ハ、其ノ後明治三十九年、岩手縣ヨリ臨時馬耕教師ヲ嘱託セラレ下閉伊郡ニ派遣セラレ、約一ヶ月間各村ヲ巡回シ、実地使用法並ニ製造法其ノ他農事改良ニ関シ親シク教授シ、帰村シタリ。

　二、雁爪ノ使用
　田ノ草取リ器・雁爪ノ使用ハ、馬耕ニ遅ルヽコト二・三年、即チ明治三十四年頃ヨリナリトス。一般ニ馬耕ヲ使用スルニ至リシ結果、一番除草ニハ必ズ之レヲ用ヒザルベカラザル仕合トナリ、且ツ雁爪ハ左程価ノ高カラザルヲ以テ、容易ニ之レヲ用フルニ至レリ。
　然ルニ明治三十八年ノ凶作ニハ、雁爪ヲ用ヒテ深ク丁寧ニ除草ヲ行ヒタルモノハ、反テ出穂遅シ。寒冷甚シキ盛ニ出穂ヲ見ルニ至リ、將又根ノ蔓延宜シク、從ッテ肥料ノ吸収モ良ク行ハレタルタメ、稲禾ノ勢力強ク容易ニ枯レズ、反テ手入ノ不充分ナルモノハ早ク結実シタルヲ以テ、比較的収穫ヲ得タル如キ奇現象アリシ。以来、雁爪打ヲナサヽル者少カラズ出テ来リシハ遺憾トスル所ナリ。

　三、撰種法ノ改良
１、塩水撰
　種籾種子ノ塩水撰ヲナスコトハ明治三十三年頃ヨリ行ハレタリ。未タ一般ニ之レニ據ルト云ハレザレドモ、塩水撰ノ効果著シキヲ見テ、之レヲ行フ者多シ。単ナル水撰、從来一般ニ行ヒ来レリ。
２、麦奴予防浸種
　從来ハ撰種法ヲ行ハザリシナリ。然ルニ明治□□年頃、麦奴大ニ発生シ、小学校生徒等ヲシテ之レヲ抜キ取ラシメタルコトアリ。然レドモ、カクノ如キ方法ニテハ未タ不完全ヲ免レズ。ノミナラズ全部抜キ採リヲ以テ麦奴ヲ除クコトハ到底能ハザル所ナリ。故ニ之レガ予防法ヲ講ズルコトノ必要ヲ感ジ、村農会指導ノ下ニ予防法ヲ行フニ至レリ。其ノ法中普通ニ行ハルヽハ、左ノ二法ナリ。
　　一、温湯浸法　　　　二、硫酸銅浸法

　四、施肥ノ改良
　從来、一般農家ハ肥料ノ選択及施用法ニ就テハ深ク注意ヲ拂フコトナク、厩肥人糞等自家有合ノモノノミヲ施用シ、廃棄物・藁屑等ノ如キモ、堆積ノ倦雨露ニ瀑シ、敢テ顧ズ。カヽル有様ナレバ、施肥配合ノ如キハ知ルモノナク、從ッテ毫モ注意セザリキ。然ルニ、農事改良ノ声高マルト共ニ、一般農家ニ於テハ、肥料ノ配合ニ注意スルニ至リ、從ッテ自家肥料ノ外金肥ヲ使用スルニ至レリ。本年ニ於テ普通使用セラルヽ金肥ハ、魚粕・豆粕・油粕ナリトス。外ニ一時盛ニ石灰ヲ使用シタリシガ今ハ多ク用ヒラレズ過燐酸石灰ハ、多ク麦作ニ使用セラレ、田作ニ用フルモノ少シ。
　堆積肥料ノ製造ハ、前ニ述ベタル如ク、注意ヲ拂ハザルガ、西磐井郡農会ハ補助金ヲ交付シテ堆肥舎設置ヲ奨励シ、村ニ於テモソレゾレ奨励ヲナシタル結果、堆肥製造ノタメ一ツノ小屋ヲ設ケ、又ハ雨露ヲ凌グ装置ヲナスニ至レリ。又、近年、肥料頓ニ騰貴シ、之ガ施用意ノ如クナラズ。且又、近来、一ニ金肥ニノミ據ルノ傾向アリシタメ地力消耗ノ感アリ。当局ノ注意奨励モアルヲ以テ、堆肥ノ製造施用者漸次増加スルヲ見ル。

　五、耕地整理
　農事改良労力節減上、耕地整理ノ必要緊要ナルハ、茲ニ余ガ説明ヲ要セザル所ナリ。サレバ、当局ニ於テモ、之レヲ施行セシムベク、勧誘至ラザルナク、有識ノ士又其ノ緊急ヲ叫バザルハナカリキ。
　殊ニ、本村三関・狐禅寺ノ沖合ニ於ケル耕地ノ如キハ、地主協同一致之レニ当ラバ事業左程困難ナラズシテ、其ノ得ルトコロノ利益タルヤ実ニ莫大ナモノアルベシ。此ニ於テ村長熱海懿、農会長小野寺英作氏等、率先シテ該耕地整理ヲ施スベク、地主ヲ説キ、愈々工事ニ着手ノ協議纏リタルヲ以テ、明治三十八年四月十三日、発起認可ヲ受クルニ至レリ。此ニ於テ、之レガ施行ニ当ルベク耕地整理委員ヲ選挙シタリ。
委員左ノ如シ。
　小野寺英作　　千葉正右ェ門　　小島卯三郎　　鈴木豊治　　鈴木乙治郎　　佐々木正左ェ門
　小野寺英作氏ハ委員長トシテ之レニ当ルコトヽナレリ、明治三十八年十月十四日施行認可ヲ受ケ、同年十二月二日愈々起工セリ。明治三十八年ハ即チ大凶作ニテ、村民ノ困難実ニ見ルニ忍ビザルモノアリシナリ。サレバ当耕地整理ニ要スル人夫ハ、重ニ困難者ヲ傭役スルコトヽシ、一面ニ於テハ救済事業トシテ之レヲ施行セリ。サレバ村役場ニテハ貧困者ニハ附加賃金ヲ與ヘ、以テ窮乏ヲ恤ヘリ。カクシテ施行ノ結果、良成績ヲ以テ明治三十九年六月三日、愈々竣工スルニ至レリ。
　其ノ整理地区及成績、左ノ如シ。
　　一、整理地区　　西磐井郡真滝村字三関
　　二、整理面積及整理後ノ耕地面積

		四 二 町 七 九 〇 一 歩	整 理 総 面 積
畑 二 、 二 四 二 九	内 田 二 九 、 八 四 一 三	三 二 町 〇 九 一 二 歩	從 前 ノ 耕 地 面 積
畑 一 、 四 三 一 五	内 田 三 五 、 六 九 〇 四	三 七 町 一 二 一 九 歩	整 理 後 ノ 耕 地 面 積
		五 町 三 畝 七 歩	整 理 増 耕 地 面 積
			備 考

　三、費用

三 、 二 〇 〇 円 二 八 〇	予 算 額
三 、 八 一 四 円 九 七 〇	決 算 額
八 円 九 一 四	反 当 工 費 決 算 額

　右整理費ハ、起工ノ当初、耕地整理組合ニ於テ岩手縣農工銀行ヨリ金参千弐百円ヲ償還期間十ヶ年利子□□ノ契約ヲ以テ借入レ之ニ充当シ、参加地主ハ其ノ配当額ヲ、年々、整理委員長ニ払込ミ、以テ償還ノ方法ヲ立テタリ。然ルニ前記ノ通リ、増歩地ノ生ジタルヲ以テ之レヲ売却シ、整理費ニ編入シ、償還ノ一部トナセシヲ以テ、地主ハ最初予算ノ負担金ヲ出サズシテ、其ノ義務ヲ果スヲ得ベシ。
　四、整理ノ効果利益
　当耕地整理完成シ從前ニ比シ効果利益著シキモノヲ挙グレバ
　１、水利ノ大イニ便利ニナリタルコト
　２、労力ノ節減ノ行ハレタルコト
　３、土壌ノ改良行ハレタルコト
　４、肥料ノ使用量経済的ニシテ反テ効果ノ著シキコト
　５、収量ノ増加セシコト
　６、土地売買価格ノ上進セシコト
　其ノ他直接間接ニ受クル利益少ナカラズ。

　事業報告書（岩手県西磐井郡真滝村大字三関耕地整理地区）
一、明治三十七年十一月九日小野寺英作氏他十名発起人トナリ、事務所ヲ真滝村役場内ニ設ケ、関係地主ノ同意ヲ得テ大字三関地内三十二町七反五畝十一歩ノ耕地整理ヲ発起セリ
一、明治三十七年十一月十日耕地整理奨励補助規定ニ依リ、本県農会ニ測量設計ノ補助ヲ申請シ今月十五日技手小沢一郎・長岡精一・二氏出張セラレ、直チニ実測ニ着手シ三十八年二月八日測量設計完了引継ヲ受ケタリ。
一、明治三十八年三月六日発起認可ヲ申請シ仝年四月十三日認可セラレ直チニ公告及通知ヲナセリ
一、明治三十八年五月六日郡費補助金ノ下附ヲ出願シ、金参拾参円参拾銭交付セラル
一、明治三十八年三月二十日第一創業総会ヲ開キ、発起ニ関スル事項及規約設計ヲ決議シタリ
一、明治三十八年九月一日施行認可ヲ申請シ仝年十月十四日認可セラレ、直チニ公告及通知ヲナセリ
一、明治三十八年十一月一日第二創業総会ヲ開キ、整理委員十名ヲ互選シ、直チニ当選就職ノ旨届出通知及公告ヲナセリ
一、明治三十八年十一月六日本県農会ニ工事監督員派遣申請セシニ、技術員長岡精一氏出張セラレ工事監督ノ任ニ当ラレタリ
一、明治三十八年十一月九日税務署ヘ整理施行ノ申告ヲナセリ
一、明治三十八年十一月十日工事着手ヲ届出タリ
一、明治三十八年十二月二日ヲ以テ起工式ヲ挙行セリ
一、明治三十八年十二月十三日株式会社岩手縣農工銀行ニ事業資金ノ借入申込ヲナシ、仝月二十三日金参千弐百円ヲ受領セリ

　工事着手以来、専心協力督励ノ結果、工事頗ル進行セシニ、今春ニ至リ、積雪非常ニテ到底土工ヲ施ス能ハズ。止ヲ得ズ本年三月一日ヨリ休業、同月二十一日ヨリ再ビ土工ニ着手シ、本日ヲ以テ竣工スルヲ得タリ。整理事業ハ短期間ニ於テ総テ手続ヲ履行セザルベカラザルハ勿論ニシテ、殊ニ工事ノ如キハ、秋収ヨリ春耕ニ至ル期間ニ於テ竣成セザルベカラザルヲ以テ、其ノ順序宜シキヲ得タルガ故ニ、其ノ期節ヲ誤ラズシテ竣工スルヲ得タルハ、最モ僥倖トスルトコロナリ。
　本地区ノ工事ハ、小字ヲ標準トシテ分担シ、工事ノ整理委員ヲ二人若シクハ三人ヲ配置シ、成ルベク地区内ノ農民ヲ使役スルノ目的ヲ以テ、五人以上協同セシメテ一組トナシ、一定期間ニ竣工スルノ予定ヲ以テ工事ヲ請負ハシメタリ。而シテ其ノ結果、左ノ成績ヲ得タリ。
　　一、整理前耕作反別　　　参拾弐町七反五畝拾壱歩
　　一、整理後耕作反別　　　参拾七町五反参畝弐拾六歩
　　一、整理ノ結果増反別　　四町七反八畝拾五歩
　　一、整理費用　　　　　　金参千弐百円参拾八銭也
　　　　　内　訳
　　　　　土工費　　　　　　金弐千参百四円四拾八銭
　　　　　橋梁樋管費　　　　金弐百参拾五円八拾銭
　　　　　実施諸費　　　　　金六百六拾円
　右事業ノ要点ヲ列記報告ス。
　　　　　　　明治三十九年六月三日　　　　　真滝村整理委員
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　小野寺揆一
　真滝村農会
　本会ハ明治二十九年三月創設、真滝村農談会ト称シ、春秋二季会合ヲ催シ農事改良産業奨励ニ関スル談話意見ヲ交換シ来リシガ、明治三十三年二月勅令第三十号ヲ以テ、農会令発布セラルヽニ及ビ、同年七月、総会ヲ開キ、会則ヲ制定シ役員ヲ選挙シテ認可申請ヲナシ、八月二十一日指令第七〇九六号ヲ以テ認可ヲ受ケ、今日ニ至ル。
　本会設立以来施行セル事業ノ重ナルモノヲ挙グレバ、左ノ如シ。
　一、稲作立毛品評会
　　　明治三十七年度ヨリ引続キ開催ス。農産物品評会ヲ兼ヌ（各部落順番ニ開催ス）。
　一、桐、松、杉、桑苗育成
　　　明治四十年ヨリ役場敷地内畑地ニ苗圃ヲ設ケ育成シ、会員希望者ニ分與又ハ売却ス。
　一、改良指導
　　　設立以来、奨励委員ヲ置キ、又ハ特ニ技手老農ノ派遣ヲ乞ヒ指導ヲ仰キ、又時々印刷物ヲ配布シテ指導奨励ノ方法ヲ講ス。
　一、種々交換ノ媒介
　　　品評会開催以来、種々ノ交換行ハレ、自然良種ノ普及ヲ見ル。
　本会ハ、大正三年総会ニ於テ、将来ハ施設奨励スベキ事項トシテ、左ノ三件ヲ決議シ、調査ヲ遂ゲ極力奨励ニ努ム。
　一、稲作及麦作増収奨励　一、堆肥及馬耕奨励　一、副業奨励


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底本：「復刻　眞瀧村誌」
　２００３（平成１５）年６月１０日発行
発行者　眞瀧村誌復刻刊行委員会
代表　蜂谷艸平
　２００４年３月１０日作成